新藤兼人監督の映画『悪党』のこと

 新藤兼人監督の映画『悪党』(1965年、近代映画協会、東京映画、119分、白黒)を観たあとに、手にとって見たのが、新藤兼人著『三文役者の死』だ。岩波書店の同時代ライブラリーのために書き下ろしたものだ。新藤さんが小野民樹編集氏のすすめによって生まれた書である。
 この本は、新藤兼人監督の作品の意図や制作の経緯がつぶさに語られている。

 一部引用してみる。
 「17 タイちゃん忠太郎になる」に、*1

 『鬼婆』の次は『悪党』(昭四〇)である。『鬼婆』が東宝配給となり、興行成績がよかったので、つづけて撮ることになった。 谷崎潤一郎の『顔世』を脚色した。谷崎は太平記の中から高師直と塩谷判官の挿話をぬきだして戯曲『顔世』を書いた。塩谷判官の妻に懸想した高師直が権力をふるって思いを遂げようとする。テーマは性。一人の美女を中心に凄まじい暴力が展開する。 タイちゃんの役は 判官の老臣で、顔世を守って国へ帰る途中、師直の追手を受けて壮烈な討死をする。体調は回復してきたということなのでかなり大きな役をふりあてた。 顔世は岸田今日子、美女ではないが個性をとった。師直は小沢栄太郎。塩谷判官は木村功乙羽信子は宮仕えしたことのあるうらぶれた侍従で、師直に顔世をとりもてと頼まれ、権力を利用してうまく泳ぎぬこうとするが泳ぎきれず、顔世を悲劇へ巻きこんで行く。重ちゃん(宇野重吉)は兼好法師で特別出演した。師直が軍勢をくり出して顔世を追うシーンもあるし、かなり大がかりな仕事だった。  163〜164ページ
 かなり大がかりな仕事だった、とありますが、高師直(こうのもろなお)が塩冶判官や顔世らを追って、くり出した騎馬軍団が、包囲した塩冶判官らを討ち死にさせるシーンは大がかりな撮影をしています。
 このシーンは、クライマックスでもあります。

 新藤兼人監督の制作のやり方は、次のようなものです。

 今回もわたしたちはスタジオを使わず合宿方式をとった。 丹波亀岡の一集落河原林に撮影地を決めた。千坪の栗林を潰し、オープンセットを建てた。師直の館と判官の館である。屋根を葺いて本格建築に近づけ、円柱や縁板は本物にし、スタッフの一部は寝泊り出来るようにした。 オープンセットから少し離れた所にプレハブを三棟建てた。『鬼婆』とは一棟多いのは、今回はスタッフや俳優がふえたからである。河原林は栗の産地で、田圃は少しあるだけでほとんど栗か雑木の林である。オープンセットの周囲に人家はなく、どちらへでもカメラを向けられた。  164ページ

三文役者の死―正伝殿山泰司 (同時代ライブラリー)

三文役者の死―正伝殿山泰司 (同時代ライブラリー)

  • 作者:新藤 兼人
  • 発売日: 1991/03/15
  • メディア: ペーパーバック

*1:注記:タイちゃんというのは、殿山泰司である。