田中小実昌の『ないものの存在』が面白い

呉港

 大和ミュージアムへ出かける時に持って行った田中小実昌の2冊の本、『アメン父』と『ないものの存在』で、まだ読んでいなかった後者を読み始めた。作品が5編ほど収められている。なかでも『クラインの壺』と『言うということ』の2編が面白い。1989年の「海燕」の2月号と11月号に発表した作品。

 習慣のちがいなんてたいしたことはないようだけど、世の中ではたいへんにだいじなことらしい。ものの考えかたにも習慣みたいなものがあり、それを外れたり、反いたりすると、罰せられる。
 人はそれぞれどうおもおうとかって、というのは、じつは少数者の考えで、かってに考えると殺されたりした。娘は知らないだろうが、そういうことを、ぼくなんかも、なまなましくいやなことだとおもったものだ。
 習慣というのは恐ろしいが、つまらないことには変わりはない。
                 『言うということ』102頁