串田孫一さんの紀行文

 雨は降ったりやんだり。梅雨空である。一日中、家で過ごす。
 新聞で串田孫一さんが亡くなられたのを知る。山岳紀行で知られる随筆家で詩人、哲学者とある。89歳、老衰。串田さんの書くものでは、紀行文が好きだった。登山ものよりも海を見つめる串田さんの紀行文、一人旅ものが身にしみる。
 紀伊半島を串田さんが一人旅した時の文章がよかった。これは、私が紀伊半島を一人旅したときのことと、かさね合わせて読んだからかもしれない。
 
 潮岬の串本から対岸に大島という島がある。巡航船で大島へ渡り、樫野崎灯台まで行ったことがある。途中、トルコ記念館に寄り道した。明治時代にトルコの軍艦が近くで座礁した遭難事故で多数亡くなられた。その時トルコの人を樫野の人たちが救助にあたり活躍された。その人道的な行為と亡くなられたトルコの軍艦に乗っていた人を祈念する遭難記念碑があった。
 私はトルコ記念館から歩いて樫野崎灯台まで行った。串田孫一さんの紀行では、樫野の集落にひとりじっと座って何時間かを過ごし、なにごともなかったようにそこを去る、といった文だった。急ぐことはなにもない。ゆっくり、風景のなかにいる。そういった紀行文だった。串田さん、ご冥福を祈ります。