丸元淑生の『秋月へ』のこと

 丸元淑生の『秋月へ』1986年刊(中公文庫)は、夏のこの頃になると読みたくなる。
 栄養学に基づく料理書、健康に関する啓蒙書の翻訳や執筆でおなじみの人なのだが、小説『秋月へ』は私には特別な作品だ。

 九州の福岡県秋月から原子爆弾を投下され廃墟になった広島市の祖母のいる町へ、10歳くらいの少年が、尋ねて行く話である。
 焼け野原になった市街地を歩いて、広島市の南にある町で漁師をしている祖父と祖母のいる家へ行く道中に鷹野橋という地名が出てきたり、少年のこころの動きが読んでいて切ないものがある。
 その漁師の住む町というのは、母の生まれ故郷でもあり、この小説が自伝的なものとすれば、私の祖父や母は丸元淑生さんの祖父や祖母を見知っていることになる。そういう点でも特別な作品になる。

 中公文庫の『秋月へ』は、今は書店で見当たらない。
 1978年度の芥川賞候補の作品でもあった。