冬の月

冬の月

 曇りのち雨模様。降ったり止んだりして夕方から夜にかけて本降りになる。寒中というのに暖かい。今夜は月が見えないけれど、晴れていれば満月になりかけている頃だ。
 鶴見俊輔対談集『未来におきたいものは』で富岡多恵子との対談を読んだ。富岡多恵子が「深沢七郎さんの作品どう思われます?」と鶴見さんに聞く。

 富岡 私は『風流夢譚』(ふうりゆうむたん)事件で逃げておられるころに、近所だったもんですから、アパートでギターを聴かせてもらったことがあります。その後ラブミー農場に移られてからは行かなかったけど。
 鶴見 深沢さんには、普通の人間の持っている凄味(すごみ)、ものを書かない人の持っている凄味があった。
 富岡 そうですね。
 鶴見 だいたいものを書くと、その凄味が消えちゃうでしょう。だけど、深沢さんはものを書いても、凄味はあった。『楢山節考』は、普通の人間の持っている死ぬ覚悟。若い人に殺される覚悟。
 富岡 そうなんですね。  93頁

 この後、富岡と鶴見のお二人が深沢七郎の謎をめぐって話すところに注目。富岡さんの次の発言は、さすがだ。

 富岡 やっぱり若い時のこと、十年間ぐらいのことは書いておられない。
 お父さんが印刷の機械を峠を越えて甲州まで運んで。印刷屋さんって、その当時のハイカラな職業ですよね。その息子さんだから、百姓の子ではない。旧制中学を出て、ギターひきになるまでのことはほとんど書いておられない。  95頁