春分も過ぎて暖かくなったと思っていたら、ずいぶん寒くなってきた。一月の寒の頃の気温だ。街路樹や公園に植えられている桜は、まだ蕾(つぼみ)が多いのだが、少しずつ咲き始めている。桜が咲く頃の冷え込みなので、花冷えかな。
橋を渡っていると川岸に近い川面(かわも)に水鳥の一団がいた。渡り鳥のヒドリガモである。その川岸のすぐ下に群れ集まっているヒドリガモに近寄って行くと、静かだった群れからミュー、ミューという鳴き声が上がった。その鳴き声が長く続いた。鳴き声にうながされるように、水鳥は川の真ん中の方へ移動しはじめた。ミュー、ミューの鳴き声は警戒を知らせる合図のような〈ことば〉なのだろう。
寒い時には温泉がいいね。というわけで、温泉に出かける代わりに温泉本をあれこれ探してみた。うーん。これこれ。といって見つけ出したのが、池内紀の『ガラメキ温泉探険記』1990年(リクルート出版)*1である。装丁・写真が田淵裕一。裏表紙の写真が生々しくオカシイなぁ。タオルに〈神経痛 胃腸 リウマチの名湯 滑川温泉〉とあり、こんな装丁写真は今まで見たことがない。まあ、温泉本の装丁としては、ピッタリだ。「前口上いろは風呂自慢」として、
今、わが国の温泉を、いなせな三人組が徘徊している。
かりにその三人を、昔の人がおっちょこちょいを称するのに使った手をかりて、「い」の字、「ろ」の字、「は」の字と呼ぶとしよう。
「い」の字は長身痩軀、丸刈りに 眼鏡、口のまわりから顎にかけて、八卦見(はっけみ)のような山羊ひげをはやしている。「ろ」の字は対照的にズングリむっくり。眉太く、鼻高く、威風あたりを払う感がする。「は」の字はいたって平凡で、中肉中背、容貌もこれといった特徴がない。強いていえば、唇がいかにも助平たらしく、ぶあつい。
「い」の字は装丁家、「ろ」の字は編集者、「は」の字は大学教師だそうである。この点、嘘いつわりはないのだが、実体のほうは何やらいかがわしい。当人自身、本職は世を忍ぶ仮の姿と信じているのだから、なおさらである。 『ガラメキ温泉探険記』7頁
「前口上」もいいが、「あとがき」も読んで身にしみるなぁ。人生の隠れ場をめぐっての文が読ませる。