嵐山光三郎の『悪党芭蕉』

トウグミの花

 街路樹に高さが四メートルほどのトウグミの木があり、花が満開であった。白い色で垂れ下がって咲いている。この木の近くにクワの大木もあり、穂状の花が見られた。雄株の木のようだ。
 書店で「新刊ニュース」2006年5月号をもらう。「著者との60分」で絲山秋子へのインタビュー記事を読む。

 『愛なんかいらねー』で初めて「ヨソモノ」という言葉を使いました。現時点での私の小説はすべて「よそ者」というつもりで書いています。社会のよそ者であるとか、その土地に対するよそ者であるとか。『逃亡くそたわけ』の「なごやん」もそうですし、『海の仙人』や『袋小路の男』なども、みんなよそ者を描いているんですね。そういう部分が、無常観として読みとれるのかもしれません。

 新刊案内に、嵐山光三郎の『悪党芭蕉*1(新潮社)があった。うーむ。嵐山光三郎芭蕉本である。弟子の内藤丈草などはどんな風に書かれているか楽しみだ。ほかに、松浦寿輝の新刊が二冊あり、『退屈しのぎにこんな本を読んでみた』(みすず書房)と『散歩のあいまにこんなことを考えていた』*2文藝春秋)である。タイトルが植草甚一的だなぁ。小林信彦の『昭和のまぼろし』(文藝春秋)は週刊文春の連載をまとめた本。
 『群像』5月号の田中和生の評論「家族小説の現在」は要注目。