堀江敏幸の「バン・マリーへの手紙」

センダンの花

 大きな栴檀(センダン)の木が橋のたもとにある。根元が太い。枝は広く伸びている。ちょうど今を盛りに淡い紫の花が咲いていた。つい先月初めごろは、まだ若葉という風だったが、いつの間にやら花盛りだ。風が吹くとセンダンの花びらが散りながら地面に落ちてくる。多数の花が咲いている長く伸びた枝の下にたたずむと、あたりには甘い香りが漂っている。うーん。「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」。
 三月のはじめの頃、夕暮れ時に電線を黒い大群で覆い隠すように、ムクドリが止まっているのに驚いたことがある。飛び立つときの囀(さえず)りの騒々しさ、舞い上がって飛ぶときの群れが作り上げる幾何学模様の三角形や四角形に変化し続ける鳥の群れ。
 そのムクドリをめぐって、堀江敏幸の文を読んだ。書店でいただいた『図書』2006年6月号。連載「バン・マリーへの手紙―24」で、タイトルは「ブラック・インパルスのゆくえ」。空を舞う黒い動きを「ブラック・インパルス」に見立てて、その飛行を詳述する。その鳥の飛行の光景に感嘆したのを機に、鳥類関係の本をあれこれ手にとって、彼らの正体を探っていく。そうした折に、内田清之助の『渡り鳥』という本の表紙に、あの鳥のコムクドリの写真があって・・・。堀江敏幸の文を読んでいると、鳥の話がいつの間にやら本の話になっている。本をめぐって寄り道、回り道から派生する人物、事件のゆくえに読者もふりまわされるが、そこが面白いなぁ。
 鳥たちの群れが灯台に激しくぶつかって死ぬことをめぐって書いた後、自分を鳥に見立てて、

自然の灯台にはいつでも身体をあずけられる立派な枝々があるのだし、ずっと低い位置には貧相ながら街灯も立っているので、むしろ大雨の夜、びしょぬれになった靴が脱げないよう下ばかり見ていて、あるいは靄の立ちこめる朝、不用意に直進してしまって角の電柱にぶつかりかねないおのれのことを心配するべきなのだ。  63頁