ジャコメッティの故郷

三日月

 夕方、南の空に木星が明るく眺められた。高度が四〇度ほどの高さだ。三日月が西の空に低く上がっていた。高度は十五度くらいかな。
 雲ひとつない夏の夕空の青さが深まってゆく。その変化する青い色の深まりの中に、木星と三日月がくっきり見える。しばらくたたずんで見とれていた。
 『芸術新潮』2006年7月号は〈特集ジャコメッティ アルプス生まれの全身芸術家〉。ジャコメッティについて、保坂健二朗氏がその生涯と作品を解説されている。パウル・クレーと同じスイス生まれの人なんだね。一九〇一年の生まれだから、稲垣足穂と同時代人だなあ。
 一九二一年の夏に三度目のイタリア旅行で、ヴェネツィアへ向かう途中に道連れになったオランダ人の老人が、一緒に泊まったティロルの旅宿で急死し、「人生に開いた穴」のようなショックを受ける。この経験はジャコメッティにとって強烈なトラウマになったという。
 パリで生涯を送ることになるのだが、パリに出てからもスイスのアルプスの村、生まれ故郷のスタンパへ毎年のように帰っていた。このスタンパ村をチューリッヒから、電車とバスを乗り継いで五時間かけてたどり着いた保坂健二朗氏の紀行が興味深かった。
 地図を見ると、イタリア国境に近い山村で、近くにはサン・モリッツがある。スタンパの隣村、ボルゴノーヴォにあるジャコメッティの生家を訪れたり、スタンパのアトリエだった家を訪れ思いを巡らす保坂氏の紀行文が印象に残った。