三十六計逃げるにしかず

蜘蛛

 通りがかりに目にするツバキの木に、蜘蛛(くも)がいた。蜘蛛の糸で網を張っている。その網の中に二匹いるので、そっと近寄って観察する。すると、左下にいる方の蜘蛛が、すーっと落ちるように逃げた。三十六計逃げるにしかずではないが、その逃げ足が速い。
 そういえば、多田道太郎の『ことわざの風景』*1講談社文庫)で、「三十六計逃げるにしかず」という文があったね。〈逃げるが勝ちとはいうものの――多田幹部候補生、蚤と軍隊から脱走の記〉と題して、京都へ逃げ帰るまでの、敗戦時の体験が書かれている。その帰る道中で、豚などを運ぶ貨物列車の格子窓から、廃墟になった広島の街を目撃したことや、軍隊からの脱走を決意するまでの〈三十五計〉の顛末を語っている。虱(しらみ)という昆虫の描写が秀逸だ。それと、多田さんの虱とり術の巧みさの由来を語っている部分は、なんだか可笑しいなあ。
 『中央公論』2006年9月号で、養老孟司の「鎌倉傘張日記」を読む。蜘蛛の逃げ足が速いのに感心したばかりなので、というわけでもないが、今月は「昆虫採集禁止」という題で、昆虫採集を巡って書かれていてオモシロイ。養老さんが、好きなものとして、「昆虫、ゲーム、マンガ」と挙げているのを読んで、にやりと笑う。