「敗者」たちの系譜

ナツメの実

 午後三時過ぎに、にわか雨あり。じきに晴れ上がる。
 街路樹のナツメの木に実が鈴なりに成っていた。実の粒が以前よりも膨らんでいる。背の高い木で、下の方に垂れ下がっている枝にあったナツメの実は、すっかり無くなっていた。誰かが実をもぎ取ったのだろう。丸い木が杭のように立てられていて、その上へ足を乗せると実を手に取れるからだ。
 幸いにも、人の手が達しない高さに実があるので、ほとんどの実が枝にびっしり残っていた。ほんのり色付いているようだ。
 「サンデー毎日」の中野翠の「満月雑記帳」で語られていた、中野さんのひいおばあさんのことをめぐって、『会いたかった人』(徳間書店)から、「中野みわ――あまりにも私的な、ある一族の物語」を読み始める。

 それで、フト思いついて、「もしかして、明治以降の日本文学史は官軍側と佐幕側の二つの血の流れが文学的体質の違いにつながって、えんえんと、そして隠然と戊辰戦争が続いていたりするんじゃないだろうか」などと書いたことがあった。まったく当てずっぽうに書いたのだが、その後、山口昌男氏の『「敗者」の精神史』が出版されるに及んで、私の当てずっぽうがまんざら間違いではないことを知り、驚いた。
 私はどうも、〝敗者〟たちの文学の系譜に惹かれてしまうようだと気づき始めた頃、私の家もまた旧幕臣だったということを知った。
「なあんだ」と思った。「なあんだ。それじゃあ親近感を抱いたのも当然じゃないの」。自分の好き嫌いの感覚は自分だけのものだ。自分で育み、支配し、コントロールして来たものだと思っていたのに・・・・・・。私個人の独創性なんて実はあんまりなかったというわけか・・・・・・。「操られている」という感じがするのは、こういうときである。  中野翠『会いたかった人』263頁