ギョッとする江戸の絵画

月

 川を渡っていると、水をたたえた緩やかな水面に魚が跳びあがっている。間隔を置いて水中から大気中へ躍り上がっているのだった。まるで、陸上競技三段跳びの練習をしている選手のようだ。白い運動着のような脇腹を見せて、ぴょ―ん、ぴよーんと跳ね上がっていた。
 夕方の南南東の空には月が眺められた。太陽が沈んだあと、しだいに宵闇が濃くなる頃の月と空の色の変化が素晴らしい。
 公園へ寄り道する。川岸のテラスからギターの音と歌声が聞こえてきた。座り込んでギターを弾きながら歌っている男がいる。
 しばらく、聴いていた。春が来ると、春になる。夏が来ると、夏になる。秋が来ると、秋になる。冬が来ると、冬になる。と歌っている。歌い終わったあと、聴いたお礼に拍手をする。すると、男は振り向いてありがとう、と言った。
 夜、NHK教育テレビで「知るを楽しむ」から〈この人この世界―辻惟雄〉で「ギョッとする江戸の絵画」というタイトルの番組を観た。第一回は「血染めの衝撃 〜岩佐又兵衛」と題して、絵巻物「山中常磐」(やまなかときわ)を描いた岩佐又兵衛をめぐって、辻惟雄(つじのぶお)さんが語る。この「山中常磐」が、辻さんの『奇想の系譜』*1につながる出発点になるらしい。
 この絵巻は、全巻を合わせると長さが一六〇メートルになるそうだ。福井越前藩の松平忠直が、岩佐又兵衛に描かせた巻物。盗賊が、常磐を殺害する場面で、常磐木(ときわぎ)である松の樹が画面に描かれているのだが、クライマックスでは松の葉が、ぐぐっと大きくなっている。松の葉が荒れ狂っているように見える。まるで松の葉が、常磐(ときわ)が殺される場面で驚きと恐怖の感情を持った人のように描かれていた。
 そのことを、辻惟雄さんは絵にアニミズムがあるという。
 
 

*1:

奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)