幸田露伴の『幻談』

カモメ

 晴れた空で、汗ばむほどの天気だった。橋を渡っている時に、大きな鳥がつばさを広げて、滑らかに上空を飛んでいる。おお、アオサギだ。
 川面(かわも)に竹の篊(ひび)が並んで立てられている。その竹の先にもアオサギがいた。一羽、二羽。数は少ないが、あちこちに姿が見える。
 竹の篊から少し離れた水面には、カモメが浮かんでいる。滑らかな水面を魚が、ぴよーんと跳ねている。得意の三段跳びだ。
 その魚といえば、海釣りの話に幸田露伴の『幻談』がある。船頭を雇っての釣り、船釣りの話では、この幸田露伴の作品ほど強いインパクトというか、何とも言えない読後感をもたらすものはないだろう。まあ、個人的な海での船釣りの思い出があるので、そう思うのかもしれないが・・・。
 山口昌男の対談集『はみだしの文法 敗者学をめぐって』*1平凡社)で、幸田露伴の釣りの文章にも触れられているので嬉しくなる。その対談というのは、〈散歩と釣りと雑本が読書名人への王道だ〉というタイトルで、池内紀山口昌男の対談である。
 その司会を、坪内祐三がしている。司会役だが、対談にも参加していて、面白さが三乗だ。

山口 歩く人が少なくなっただけでなく、釣りをする人が少なくなった。そもそも石井研堂幸田露伴の釣りの先生だったんですから。露伴の釣りの随筆はものすごくいい。
池内 『釣師気質』でしたっけ。あれなんかとても楽しいですよね。
山口 露伴や研堂と同じ根岸の仲間の岡倉天心も釣りが大好きだった。日本美術院をつくって茨城県の五浦へ逃げたときも、毎日魚を釣ってた。伜の岡倉一雄の『父天心を繞る人々』を読むと、天心は五浦にいる時は毎日船の上で、読書しながら釣りをしてたけれど、本に熱中して、大物がかかっても釣らない(笑)。大読書家に望ましいスタイルだね。 19〜20頁