安岡章太郎の『死との対面』のこと

ヒドリガモ

 二十四節気のひとつ啓蟄である。冬ごもりの虫が地中から這い出るころという。しかし、寒波で冬に逆戻りだ。気温が下がり最高気温が九度であった。暖冬の薄着に慣れていたのだが、防寒着がまだ必要のようだ。
 厳冬のような風と気温の中、橋の上から浅瀬にいる渡り鳥を観察する。ヒドリガモの群れである。そばに、一羽のコサギが混じっていた。
 『蕪村句集』に、

里過て古江に鴛(をし)を見付たり

 安永三年の句である。
 雑誌『サライ』が《特集・ダンディズムを貫き通した「機微の人」》として吉行淳之介を特集している。写真クロニクルとしても見ごたえあり。
 第一部「なるべく上等な劣等感を身につけた方がいい」で、作家の生涯と素顔をたどっている。生い立ち、習作の時代、第三の新人、作家誕生、文壇、病気と死と、などで・・・。
 池田晶子さんが亡くなられたのでという訳ではないが、安岡章太郎の『死との対面』(光文社)をちょうど読んでいる。安岡さんによると、光文社の「松下君」との座談をもとにつくられた談話筆記に若干の手を入れた文であるという。その中で安岡さんの語る吉行淳之介の「機微」のエピソードがあって、なるほどと思うところがあった。「死とのつきあい」という章で、色川武大遠藤周作水上勉近藤啓太郎などのエピソード。
 「人の死が運だということを、ことさら僕が言うのは、若い頃戦争に出合って、いわゆる青春期を殆ど戦時下に送ったためだろう。」(37ページ)
 「僕も、戦後十年近く患った脊椎カリエスの体験から、生命力というのは侮れないものだという実感がある。」(49ページ)
 他に、井伏鱒二の『花の街』や『徴用中のこと』について語られている。
 「占領直後のシンガポールに入って、そこで書かれたものだけに、あの戦争中によくこれだけのものが書けたな、といま読んでも感心させられる。」(205ページ)
徴用中のこと (中公文庫)死との対面―瞬間を生きる