ラジオ深夜便「読書で豊かに」

イトトンボ

 晴れて日差しが強く、暑い日である。
 橋を渡っている途中、川面(かわも)に魚が飛び上がっていた。大気中に姿を見せて、白い脇腹をひねって水中に戻った。
 その直後、少し離れた滑らかな水面からも魚がとび出して跳躍遊びをしているかのようだった。ぴよーんと跳ね回っている。
 蕪村の句に、

しのゝめや鵜をのがれたる魚浅し

 明和六年六月十五日の句である。蕪村と同時代人である建部綾足に、『寒葉斎画譜』や『孟喬和漢雑画』という書物があるが、蕪村も見ていたかな。
 夕方、公園の池に寄り道する。糸トンボが、睡蓮の葉に止まっていた。尾の先が青白い色をしていて、胸の辺りも青白い。
 二十四日の日曜のラジオ深夜便で、ないとガイド「読書で豊かに」が小池昌代さんの月であった。先月は、青山南さん。
 録音していたテープを聴き直す。
 さて、今月の四冊であるが、一冊目は中井久夫『こんなとき私はどうしてきたか』(医学書院)。
 聞いていて印象にのこった言葉、「でたらめを言うということは、精神にゆとりがあるんですね、と書かれているのはびっくりしましたね。」「ひとりが大事にできる時間がとても大事なことなんですね。」
 二冊目は、池田晶子・大峯顯の『君自身に還れ 智と信を巡る対話』(本願寺出版社)。サンデートークという深夜便の番組で、小池さんは著者の池田晶子さんと対談をしている。そのことを明石 勇アナウンサーが話す。小池さんが「同世代だったものですから、一度だけ、お目にかかったことがあるんですが・・・、目がきれいな存在の色気をもっていた人でしたね。」「本質的なことしか言わない人ですから・・・。」
 その池田晶子小池昌代の対談について、三月五日の日記に少しふれている。
 参照:「池田晶子小池昌代の対談を聴く」http://d.hatena.ne.jp/kurisu2/20070305
 三冊目は伊藤比呂美『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』(講談社)。『群像』に連載していた長編詩。「現代版説教節のような文ですね。」
 最後の四冊目が意外な本で、川端康成眠れる美女』(新潮文庫)。「百十ページ、怖かったですね。この世とあの世が融合しているようで・・・。」「わたし、『雪国』や『伊豆の踊り子』なんか面白いと思って読んだことないんですよ。」
 しかし、登場人物の江口老人ばかりでなく宿の女の語る「この認識が怖いですね。」