ジブチ生まれの赤ん坊のこと

ハスの葉

 電車に乗り込んで空いていた席に座ると、目の前にベビーカーに赤ん坊が一人座っている。もぞもぞ動いている。
 目と目があった。すると、右隣に赤ん坊の男親がいて、にっこり顔を向けてきた。私が「男の子?」と言うと、男は「サーシャ!」と女の子の名前を言う。
 バッグからパスポートを三つ取り出して、「ジブチ生まれの子なんです」と言い、パスポートを見せてくれた。「アフリカ生まれなんですよ」と、嬉しそうに言う。
 うーむ。アラビア文字の書かれたパスポートだった。
 残りのパスポートを、自分のはフランスのパスポート、妻のはウクライナのパスポートだよ、と見せながら説明してくれた。
 少し離れたシートに男の妻がいて、こちらにやって来た。背の高い女で無口だった。男はパリに住んでいるが、アーミー(軍人)だよ、と言った。乗換駅で別れた。
 夕方、遠回りして公園の池に寄り道する。雨上がりで、蛙の鳴き声が聞こえる。ハスの葉に雨粒が、水銀の玉のようになって残っていた。
 公園を通り抜けて、ブックオフで二冊購入。
 池澤夏樹『明るい旅情』1997年(新潮社)
 南條範夫『真説元禄太平記』1975年(中央公論社