堀文子の「蜘蛛の巣」のこと

蜘蛛の巣

 堀文子の画文集『命といふもの』(小学館)を眺めている。
 花や野菜を描いた作品が多いのだが、一点だけ「蜘蛛の巣」という生きものを描いた作品がある。
 この作品の技法については、先月(9月)の NHK教育テレビの「新日曜美術館」で、「日々、いのち新たに 日本画家・堀文子 89歳の鮮烈」という番組で、堀さんが話されていた。
 蜘蛛の巣を表現するのに、銅版画のニードルで線を引いてゆくようなやり方を、この「蜘蛛の巣」という作品で試みている。
 堀さんにとっては、初めての技法的な「冒険」であったというような気持ちを話されていたので、じっくり見てみたかったのだ。
 「蜘蛛の巣」という文もあるので、一部引用する。

 空気にとけ込んで了(しま)う細い糸は肉眼で見ることは困難。霧吹きで水滴をかけると一瞬浮ぶその巣の精緻な美しさは、此(こ)の世のものではない。幻の世界に引きこまれて水滴の消えぬ間にとあせるが、極微の線で組み立てられた幾何学的な美しさに圧倒されて手が震えた。(中略)
 渦巻き状の巣の一糸みだれぬ精巧な作りに先(ま)ず驚くが、あばれる獲物を捕え雨風にも負けぬこの繊細な建物は、八方の枝から立体的に複雑につむがれた糸に守られている。只(ただ)一匹の虫の精緻を極めたこの能力は、四億年も生きた蜘蛛のもので、たった三〇〇万年しか生きていない人間の智恵では、手も足も出ない神わざだったのだ。  71ページ
 

 二、三日前の新聞の広告に、筑摩書房から『李香蘭の恋人 キネマと戦争』*1田村志津枝著が出ている。おやおや。
 先日、加藤治子『ひとりのおんな』(福武文庫)を読んでいたら、李香蘭加藤治子さんが一緒に戦争中に志賀高原へ旅行した話があったので、この田村志津枝さんの本も読んでみたいなぁ。
 戦争中、休みになると、加藤さんはスキーを担いで夜行列車で、温泉や志賀高原へ行っていたそうだ。そのときに、李香蘭と一緒に志賀高原ホテルへ行った、という話である。
 うーむ。久世光彦とのたおやかな対話なのだが、加藤治子さんが李香蘭さんについて語っているところは、読んでいて面白いところだ。
 ブックオフの新しい店で、安岡章太郎『果てもない道中記 上』1995年第1刷(講談社)を購入。装丁は、田村義也。カバー版画は、諸国案内旅雀(今井金吾蔵)。