映画『グル・ダットを探して』

空蝉(うつせみ)

 イチジクの葉に空蝉(うつせみ)が残されていた。その向こうには夏の青空が広がる。
 蕪村の句に、「わくらばに取付(とりつい)て蝉のもぬけ哉」。
 ナスリーン・ムンニー・カビール監督の『グル・ダットを探して』(1989年、イギリス、84分、カラー)を映像文化ライブラリーで観た。「特集・映画に捧げるオマージュ」と題して3本の作品を上映予定。最初の1本。
 冒頭、白黒のインド映画から始まる。その白黒の映画で部屋から窓へと移動しながらの情景が、次第にカラーの窓の情景に変わってゆく。
 1964年10月10日(東京オリンピックが開幕された日!)に39歳で自殺したグル・ダット
 インド映画で天才と称された映画監督グル・ダットの生涯を、彼の映画のひとつひとつの一部を引用しながら、ダットの母親、姉といった家族や映画を通じて交流のあった女優、俳優、脚本家(詩人)、作曲家、撮影技術者といった人へのインタビューによる回想に、グル・ダットの映画をデビュー作からたどり、天才監督の生涯を追うドキュメンタリー映画であった。
 グル・ダットは映画の監督をし、自ら主演し、俳優にせりふを歌わせ、音楽とその俳優の目の表情に独特の様式を見出した。移動しながらの撮影法に心血を注ぎ、観客にスクリーンの映像を飽きさせない表現術を見出したグル・ダット
 20歳代から映画人として活躍して来たが、晩年亡くなる直前には観客に飽きられつつあった。
 その誰にも知られることのないグル・ダットの内面に迫って行く。
 インド映画界の伝説の監督、グル・ダットの映画に捧げるオマージュとしての映画であった。
 観終わって外へ出ると、東に低く満月が昇っていた。右手上に木星が明るく光っている。
 地上には南からの暖かく湿った夜風が吹き続けるばかりである。