『林達夫・回想のイタリア旅行』を読む

紫蘇の葉と蝶

 処暑を過ぎると朝晩が涼しくなる。紫蘇の葉に蝶がやって来た。
 田之倉稔著『林達夫・回想のイタリア旅行』(イタリア書房)を読み終える。
 一九七一年七月七日に始まって、八月にかけてフランス、イタリアで自動車旅行の運転手を担当した田之倉さんの目に映った、林さんと林夫人とイタリア書房の伊藤さんらとの道中記。
 パリ、シャルトル、ミラノ、ヴェローナヴェネツィアラヴェンナボローニャフィレンツェマキャヴェッリ山荘、アッシージ、ローマまでを回想。
 ダンテが政変でフィレンツェを追放されて、晩年を過ごし亡くなった土地で伊藤さんの口から田之倉さんが聞くダンテのエピソードなど面白い。
 道中がちょっとした修学旅行の様子を呈する。
 筆者によるとみられる注が、ところどころにあり、「ヴェネツィア」の章にある注を読むと、清水廣一郎の本の説明があり、イタリア中世の都市社会を知るのによいということが分かる。詳しく触れて紹介されているのは嬉しい。
 ルーヴル美術館で夫人の言葉に一同はっと、ロマンチックな夢から覚める箇所がある。
 学者の言うことは信じないほうがいいわよ、といったニュアンスの言葉で・・・。一同興ざめ?
 あとがきの「おわりに」、田之倉稔さんが夫人とも道中をともにしたのだから、夫人の振る舞いについてもう少し筆をさくべきだったとある。うーむ。なるほどね。

 いまやヨーロッパのどこにでも、いつでも行くことができる。食でも、服でも、すべてが「同時代文化」として、しかも特別な現象としてではなく、日本に流入してくる。ほんの数十年前まではワインやチーズはなじみのうすいものだった。「デパ地下」にあふれているものではなかった。今昔の感にたえない。一九七一年ヨーロッパを旅した時の林先生の心情は現代の人には想像できないかもしれない。
林達夫・回想のイタリア旅行』、「おわりに」から