菊花祭の舞楽

納曽利

 厳島神社の年中行事にある祭典で、舞楽を毎年楽しみにしている。
 春は四月十五日の桃花祭、秋は十月十五日の菊花祭にある舞楽である。
 夕方、夕日が沈んで、だんだんと夜になりつつある時間に大野瀬戸をフェリーで渡る。
 西の夕空は晴れ渡っていて、南に木星が明るく輝いている。
 乗船して甲板へ上がり東の空を眺める。月が昇りはじめていた。満月である。わずか10分で宮島の桟橋に着く。
 上陸すると、日はとっぷりと暮れた。
 帰りが遅くなるので参道の途中のやまだ屋でもみじ饅頭を買う。
 店内の椅子に腰掛けてもみじ饅頭と熱いお茶で一休みしてから、厳島神社へ急ぐ。 
 暗い参道をたどって行く。海中の大鳥居を右手に見ると、すぐに神社が見えた。本殿のあたりが明るい。神社の入り口から入って、闇の中の回廊を進む。
 本殿の前にある平舞台に着いた。観客が高舞台を取り囲んでいる。
 100人ほどだろうか。6時45分ごろで、ちょうど舞楽は最初の振鉾(えんぶ)を舞っているところだった。
 これは一人舞、一人舞、二人舞と出て舞う。
 立ったまま舞楽を観ることになる。
 高舞台はテレビ局の撮影カメラ用の照明ライトが当てられているので明るい。ロウソクの照明のときはもっと暗いなかで観るのだが、今夜は衣装の細部や色がよく見える。
 この後、萬歳楽(まんざいらく)の四人舞が演じられていく。
 曲目と曲目のあいだに、観客のあいだで談話を交わしたりする。
 そばの男が「舞楽について」という神社が発行している小冊子を読んでいたので聞くと、本殿と平舞台の境に置いてあるという。
 早速、その小冊子を手にとって見る。観客はだんだん減っていく。
 7月から東京に研究で留学しているというドイツ人の学生が隣にいた。その小冊子を見ていると興味深そうにみる。見せるとひらがなは読めるようだ。マルクス君という。
 四角な雑面(ぞうめん)をつけて舞う蘇利古(そりこ)の四人舞のあとは、散手(さんじゅ)、貴徳(きとく)、蘭陵王(らんりょうおう)の一人舞がつづく。
 いずれも力強く動きも速い。散手は赤い面、貴徳は緑色っぽい白い面、蘭陵王は竜頭の付いた面をかぶって、色彩の鮮やかな衣装を身に着けて舞う。しかも気品のある舞だ。
 足の運びかた、すり足、飛び上がったり、その動きが変化に富んでいて飽きることがない。
 最後の曲目、納曽利(なそり)は二人舞である。手と足とその動きが迅速でおもしろい。菊花祭の舞楽は、そのあと長慶子(ちょうげいし)の曲が演奏されてお仕舞いになった。
 そうして帰りは宮島口までマルクス君と一緒に帰路に着いたのだった。