山田稔の『特別な一日』から「母の遺したもの」を読んだ。
「夜中にふと目が覚める。」
私は母の記憶をたどっていて、ふと母が遺したものの中から、「赤本」のことを思い出す。
《あの本はどうなっただろう。あれは確か、まだ捨てずに残してあったはずだが。それとも捨てたか。》
じっと寝ておられなくなって、私は起き出し赤本を探し出してくる。
赤本というのは、《その本は正式の表題を『家庭に於ける実際的看護の秘訣』といい、著者兼発行者は築田多吉、発行所は東京の南江堂書店で、初版は大正十四年二月。わが家にあるのは昭和十一年五月発行の第七百三十六版で、本文八百四十四頁、定価二円二十銭である。》
著者の築田多吉は、広島の人で、海軍看護特務大尉だそうで、大正十四年に海軍専用として初版を出し、まもなく一般にも売られるようになったという。
《民間療法の本として、これほどの成功をおさめた本は前例がないのではあるまいか。》
この赤本をめぐる様々なエピソードが綴られているのだが、一冊の本から在りし日の母の思い出と人生の哀歓が伝わってくる。こういう文章は好きだなぁ。
築田といえば、子供ころからのドクダミを煎じて飲むときに、「赤本の築田三樹園社」の箱入りのドクダミが思い出されるのだった。
今でも、広島に「赤本の築田三樹園社」はあるようだ。