オリヴェイラ監督『家路』

「家路」

ポルトガルの巨匠 マノエル・ド・オリヴェイラ監督特集」から、『家路』(2001年、ポルトガル=フランス、90分、カラー)を観る。映像文化ライブラリーで。
 原題はJE RENTRE A LA MAISON。観客は25人ほど。
 冒頭、老いた王を演じている芝居が舞台で演じられているところから始まる。(カトリーヌ・ドヌーヴが共演している。)
 舞台裏に三人の男たちがいる。芝居が終わった。終わるのを待っていたかのように、王を演じていた老俳優(ミシェル・ピコリ)に、男たちは彼の妻と娘夫婦が自動車事故にあって亡くなったと知らせに来たのだった。
 場面は数ヵ月後になる。
 娘夫婦の遺児の男の子と老俳優とお手伝いさんとの生活が描かれていく。
 相変わらず彼は芝居に日々を過ごしている。シェイクスピアの「テンペスト」などを。
 老俳優の孫の男の子は、小学生で祖父との生活を過ごしている。小学校へ朝出かけるときにお手伝いさんがおやつを背中のカバンに入れるのを、祖父は寝室の窓から見下ろす。
 老俳優は、仕事や買い物で毎日カフェに寄ると決まった席に腰を下ろし、コーヒーを飲んで去って行く。
 ビジネスマンでその同じ席に座ってコーヒーを飲んでいく人がいる。
 座るやいなや、ル・フィガロを開いてその席で読むのを日課にしているようなビジネスマン。
 繰り返し、そのカフェのテーブルのある席に老俳優とビジネスマンが相前後して座る場面で、ビジネスマンが席に座ろうとして先客がさっと座ってしまい座れないという場面のユーモア。何気ない日々の機微を笑いを、そして老いの哀歓も込めて描いている。
 自分の納得のいく仕事しかしないと決めていた老俳優は、アメリカ人の映画監督(ジョン・マルコヴィッチ)からジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の映画化で、バック・マリガン役の俳優が入院して至急その代役を務めてくれないかと、出演を依頼されるのだった。
 映画はセリフが英語で、老俳優はわずか三日の準備期間で映画の撮影に臨んだのだった。
 1904年6月16日のバック・マリガンを演じる撮影の場面で、彼はそのセリフがうまく出てこなくなり、何度も監督から「カット!」と中止を告げられる。
 老俳優は、突然「私は家に帰る」と言うや、撮影現場から歩いてパリの街中を独り言をつぶやくようにしながら自宅に戻るのだった。
 学校から帰宅途中で自宅前で祖父の姿を孫の男の子は茫然と見つめるのだった。
 ミシェル・ピコリが、人生の悲哀を静かに見つめ、心にしみる老いの演技が印象的である。
 パリの町並み、パリの大観覧車、広場の彫像、老俳優が乗ったタクシーから見える青空の光景なども。
 忘れていたが、音楽もいい。