小津安二郎は落語だ!2

 20日は二十四節気のひとつ大寒で、一年中でいちばん寒い時期のはずなのだが、なんと13度まで気温が上昇した。湿度も高く春のような天気だ。日も長くなり日没が遅くなる。夜、春先によく聞こえて来る猫の鳴き声がしていた。

 NHK教育テレビで「知る楽 こだわり人物伝 小津安二郎は落語だ!」を観た。
 第3回「元祖ホームドラマ」。小津の映画が「ホームドラマ」へたどり着くまでの経緯を立川志らくが語る。フイルムとその解説が良かった。
 以下、聞き取ったところを書いてみる。

 映画会社に入社して四年後に映画監督になる。
 1929年、『突貫小僧』(近年一部発見)、動きの面白さで見せるドタバタコメディ。
 ハリウッドのチャップリンの映画に小津も影響を受けている。
 サイレントでつくりあげた笑わせて泣かせての映画は、チャップリンにはかなわないと悟り、自分にしかできない作品を作ろうとの模索がはじまった。
 その間戦争に招集されて中国やシンガポールへ行く。
 昭和17年(1942年)に『父ありき』が、この年の映画雑誌(キネマ旬報)の評で2位になり好評だった。
 中学教師の話で、親と子の関係を描いている。
 戦争に行って帰って来ると人が変わったようになるというが、小津は親と子の関係を見つけ出した。
 これが小津の必殺の技(わざ)になっていく。
 戦後第一作の『長屋紳士録』も親と子の物語。
 ところが、この時期にライバルが出現した。黒澤明酔いどれ天使』、木下惠介といった監督である。
 小津は『晩春』で親子の物語を作り上げた。
 『麦秋』で作品にユーモアを加えることでホームドラマの形を作り上げた。
 思わず、にやっと笑う今日のホームドラマを作りつづけた。
 遺作になった『秋刀魚の味』はふんだんにユーモアを盛り込んだ。

 「第4回やっぱりヘンな人でした」の予告編が放送される。これは面白そうだ。