「パーネ・アモーレ 楽しきイタリア語」

クローバー

 5月5日は二十四節気のひとつ立夏だった。
 今日は、晴れて汗ばむほど気温が上がるが、湿度が低いので吹く風が爽やかだ。
 NHKラジオ深夜便「人生“わたし”流」で、「パーネ・アモーレ 楽しきイタリア語」と題するイタリア語の通訳・翻訳者の田丸公美子さんの話を聴いた。
 聞き手は柴田祐規子アナウンサーである。
 パーネ・アモーレ。PANE AMORE。
 人生で大事なもの、これさえあれば生きていける。
 カンターレ、アモーレ、マンジャーレ。これもある。
 まだ(本格的な)和伊辞典のなかった頃から、出会ってきたイタリア人とイタリア人気質の話題が展開される。
 イタリア人から学んだこと、エットーレ・ソットサスが80歳のときに、織部賞で話したのを通訳したときの話。(ソットサスは)自分のものづくりの哲学を持っている。
 自分の人生を楽しんで、なにごとにもおもねることはなく、ものづくりの発想の自由さが違う。
 同業者として、米原万里さんとはほぼ同世代で、リレー通訳で米原さんの訳した日本語をイタリア語に訳すのが訳しやすかった。後半、交流のあった米原さんが通訳から、文章を書くことになったエピソード、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』のことや生前の思い出などもいろいろと語られる。彼女から自分が文を書くことで励まされたそうだ。
 通訳者は普段他人の言葉を翻訳して声に出しているので、自分の言葉をだせないということのストレスはある。
 通訳は、専門家の専門領域を素人が通訳しているわけですから、(脳の使い方を)相当無理しているわけです。(話者の)先が読めないのがつらい。駄洒落を連発するのが困ります。
 他人が考えていることを、耳だけで聞いて分からなくても、何か言っていなければならない、ストレスのある仕事なんですよ。
 嘘つきは通訳の始め。
 rとl、bとv、この違いがいつまでたっても分かるようにならない。後天的にいつも同時通訳で困ること。
 ローマ法王のクリスマスイブの時のメッセージをあと20分でテレビで放送するというときに、8分のメッセージを電話で聞いて文にして、その訳をファックスで放送局へ送った話があり、キリスト教の知識とギリシャ神話の知識がないとできない。
 日本では、英語の通訳者が85パーセント。国際会議が英語中心になってきている影響とか。
 言葉というものはすごく魅力がありますね。イタリア的人生の楽しみ方のいろいろが語られる。