『コンコード川とメリマック川の一週間』と『よあけ』

よあけ

 訳者の山口晃氏の「訳者あとがき」を読むと、はじめはおおよそ以下のような執筆の構想があった。
 ヘンリー・ソローの『コンコード川とメリマック川の一週間』は、もともとは舟旅の直後に、翌年の七月から『ダイヤル』誌の刊行がはじまる頃に、自分の書けそうなエッセイとして「ある旅の回想・自然とのおしゃべり」、その翌年一八四一年に「メリマックとマスケタキッド」という題を考えたこともあったが、兄ジョンの死後、主題が兄の思い出と挽歌としての川旅に変わっていった。*1  

 一八三九年、八月最後の日であった土曜日に、私たち二人の兄弟とコンコードの者たちは、ついにこの河港で錨(いかり)を上げた。(中略)
 舟は春のうちに一週間かけて作ったもので、漁師が使う平底の小型漁船に形が似ていた。長さ十五フィート、幅はもっとも広いところで三フィート半、水に触れる面は緑、縁(へり)は青に塗った。*2 17ページ 

 日曜日の冒頭は次のように始まる。

 朝、川と近くの土地は濃い霧でおおわれていた。私たちがおこした火の煙が霧の中を一層神秘的な霞(かすみ)のように巻い上がった。しかし、何ロッドも進まぬうちに、太陽が昇り、霧は急速に晴れ、水面にわずかな水蒸気が渦巻くだけとなった。 52〜53ページ

 このシーンは、ユリー・シュルヴィッツの『よあけ』を連想させる。

 最後は以下の文で結ばれている。

この日、私たちは帆とオールで約五十マイル進んだ。そして夕方かなり遅くなって、私たちの舟は出発した船着き場のイグサを擦(こす)り倒し、竜骨はコンコードの土に会釈した。そこには私たちが出発して以来自らほとんど立つことなく、倒されたままになっていたショウブの中に、相変わらず舟の輪郭が残されていた。私たちは嬉しさのあまり川岸に飛び降り、船を引き上げ、野生リンゴの木に結わえた。その茎には春の氾濫で鎖が擦った跡がまだついていた。 448ページ

*1:マスケタキッド川、先住民の言葉で「草原の川」。

*2:注記:舟のサイズは長さ4メートル半、幅1メートル強といったところだろう。