山中貞雄とナンセンス

丹下左膳余話 百萬両の壺

 先日、「生誕百年記念 山中貞雄監督特集」から『丹下左膳余話 百萬両の壺』(1935年、日活、91分、白黒)を観る。
 冒頭のクレジットにウェスタン・エレクトリック・システムとあった。
 そのためか、75年前の映画だが、フィルムと音声の状態が良かった。日活に保存されていたためでしょうか。
 
 7月プログラムに、 

悲壮感あふれるヒーロー像で大河内傳次郎の当たり役となった「丹下左膳」を、山中貞雄はハリウッドの人情劇を参考に、江戸時代のホームドラマともいえるユーモラスな作品に仕立てた。恐妻家で情にもろい、庶民的な左膳が活躍する山中版「丹下左膳」。(フィルム提供/日活株式会社)

 マキノ雅弘監督に『丹下左膳』(1953年、大映)や『続丹下左膳』(1953年、大映)があって、 虚無的なシリアスな丹下左膳で見せる。山中版の「丹下左膳」はナンセンスな笑いが楽しめる。ユーモラスでとぼけた人情味のある左膳を大河内傳次郎が演じている。
 矢場に居候する丹下左膳と矢場の女将(喜代三)との二人が、孤児になった男の子を預かることになる時の会話が可笑しかった。
 男の子が女将に竹馬を買ってくれという言葉に、女将はだめですと言うが、一転して次の場面では竹馬を買ってやり竹馬遊びを一緒にやっているシーンにフィルムをつなぐ。
 このギャップがいい。 
 女将が三味線で粋な小唄を歌う。すると、「糠みそが腐る」といって、左膳は部屋の隅に置いてある招き猫を反対側に向ける。このしぐさににやりとする。
 矢場に遊びに来る客(剣の町道場主として入婿している恐妻家)の侍(沢村国太郎)が、こけ猿の壺を探すという口実で道場から外出して、矢場に通って来る。妻から逃避して浮気に矢場の娘に会いにやって来るのだが、百万両のありかをしるしたこけ猿の壺などはそっちのけで矢場で左膳や女将らとのんきに遊んでいる面白い男である。 

 ナンセンスをめぐって、山口昌男の『学問の春』(平凡社新書)に、
 

 それから、危機に直面する技術で比較的無視されるけれども重要なのは、ナンセンスだね。日本ではナンセンスとか「笑い」っていうのはあまり評価されない。笑わないのが真の思想家だと思われている。
  180ページ

新書479学問の春 (平凡社新書)

新書479学問の春 (平凡社新書)