『書斎の死体』を読む2

 正午ごろから雨が降り始める。夕方、やや雨が強まる。

 田村隆一の『書斎の死体』に所収の「セント・メアリ・ミード――アガサ・クリスティとの架空対談」は、一九三〇年代のロンドン近郊、セント・メアリ・ミードという小さな村へ、田村隆一アガサ・クリスティを訪ねて行き、アガサ・クリスティとする架空対談である。
 小さな村(共同体)のメイン・ロードに並ぶ建物。時は一九三〇年代。
 

映画館もない、静かな小さな村。検屍法廷にもつかわれることがあるたった一軒の旅館「青猪館」。その村のメイン・ロードは、屋敷通りと呼ばれていて、教会、牧師館、そのとなりにはミス・マープルの庭つきの家。それにミス・ハートネル、ミス・ウェザビーといったゴシップ好きの老嬢たちの家。それに、アン王女時代風やジョージ王朝時代の様式を踏襲した屋敷などがならんでいる。それに、村の公会堂、図書館、郵便局、駅前の商店街には、魚屋、肉屋、薬屋、八百屋、文房具店、インチ・タクシー、バーンズ食料品店、トムズ籐製品店、ミス・マープルが毛糸を買うウィズレイの店、ハレットの店、カーテンの切地などを売るロングドンの店などが並んでいる。それから医者、駐在所の巡査、退役陸軍大佐などが住みついている。これらの要素が村をつくる最低の単位だ。誕生し、生殖し、死んで行く人間存在の共同体を維持していくための村。
 その村の屋敷通りを歩いて行くと、古風な牧師館が見えてきて、その裏通りの細道に入ると、ミス・マープルの裏庭に出る。
 南側のフランス窓を背にして、そのひとは小春日のテラスの椅子にゆったりと腰をおろして、編み棒を規則的にうごかしながら毛糸を編んでいた。  17〜18ページ 

 編み棒をうごかしているアガサ・クリスティを見つけた田村隆一は、いよいよミス・マープルの庭つきの家を訪れるのだった。
 この架空対談は、「GARANTMEN」1977年10月号に発表された。