『書斎の死体』を読む4

田村 ミセスにお会いしていると、まるでジェーン・マープルと対面しているような錯覚におちいるのですが、ミス・マープルのモデルは、ご自身なのですか?
クリスティ じつは、わたしの祖母の感じに近いのです。ピンク色の肌の白髪の老婦人で、小さな村に引きこもってヴィクトリア風の生活を送っていましたが、つねつね人類の堕落の深さ、つまり人間の原罪そのものに、するどい感受性をもっていました。  23ページ

 田村隆一の『書斎の死体』に所収の「セント・メアリ・ミード――アガサ・クリスティとの架空対談」で、ミス・マープルの登場する作品についての談話。

田村 十三の事件の短い謎解き(『火曜クラブ』)にはじめてミス・マープルは登場するのですが、非常に魅力的でした。
田村 ミス・マープルがはじめて長篇に登場するのは、一九三〇年の『牧師館の殺人』でしたね。ちょうどミセスが四十歳のとき。
田村 もうぼくも若くはありませんが、なんだか、とても耳が痛いですね。それはそうと、ミス・マーブルが活躍するのは、『牧師館の殺人』を皮切りに、『スリーピング・マーダー』まで長篇が十二冊、それに『火曜クラブ』(短篇集)が一篇、それに九つの短篇、(中略)むしろ年とともに成熟し、世の中、シェイクスピア流に言うなら、「世界劇場」をおだやかに観賞している寛容なおばあさんになって、双眼鏡と顕微鏡にとってかわって、人間存在への深い洞察力と鋭い観察力とが、後期の傑作『カリブ海の秘密』(一九六四)、『バートラム・ホテル』(一九五六)、『復讐の女神』(一九七一)にいきいきと発揮されますね。
 架空対談で、田村隆一は、ベルギーのエルキュール・ポアロの推理とミス・マープルの推理の特質といったものを論じて、イギリス的なものについての興味深い話を展開しているのだった。
 クリスティーの代表的な作品として処女作の『スタイル荘の怪事件』に第一次世界大戦の影が、『予告殺人』では第二次世界大戦の影が濃厚にありますね、と言う。
 「そして、二つの大戦のあいだ、つまり、一九二〇年代から一九四〇年代の中期までの二十五年間は、まさにクリスティ的殺人舞台の黄金時代ではなかったか、とぼくは思うんです。」(31ページ)