『細香日記』のこと

 昨年(2010年)12月に、二週にわたって毎日新聞の今週の本棚に、《書評執筆陣が選ぶ年末恒例の「この3冊」》が掲載されていた。
 
 鶴見俊輔著『言い残しておくこと』(作品社)(井波律子氏・選)
 丸谷才一著、聞き手・湯川豊『文学のレッスン』(新潮社)(海部宣男氏・選)
 
 他に、田中優子氏が、門玲子著『江馬細香−−化政期の女流詩人』(藤原書店)を「この3冊」の一冊に挙げていた。
 江馬細香といえば南條範夫著『細香日記』を思い出しますね。
 頼山陽と江馬細香をめぐる小説で、1981年に単行本で出版された。1986年に講談社文庫で出ている。今は絶版で、文庫版の解説は尾崎秀樹である。
 その解説を、ちょっと引用してみよう。
 

本名の古賀英正で経済学者として教壇に立ち、小説と教職を長く両立させてきた南條範夫が、昭和五十四年に定年で国学院大学教授の職を去ってからすでに七年たつ。退職前後には、どのような仕事ぶりをみせるか期待されたが、たしかに作品の上でも、好む素材を選び、書き下し長篇を着実にまとめてゆくといった余裕のある姿勢をとるようになったのがうかがわれる。こうした新しい境地をしめすのが、「細香日記」「牢獄」「室町抄」「歳月」などの諸作であろう。
 昭和五十六年九月に書き下し刊行された「細香日記」は、枚数にも締切日にも拘束されずに書くことのできた作品であっただけに、作者の心情を色濃く反映させた佳作だった。この長篇は第十六回吉川英治文学賞を受賞したが、そのことは南條範夫の文学歴の中でも意義ぶかいできごとだったといえよう。  236ページ(文庫解説より)