立春が過ぎて、十日ほどだが、夜明け前からみぞれになる。午前九時ごろより晴れた。
冬の北の夜空を見あげると、おおぐま座(北斗七星)が東に尾を伸ばしている。一年の間でも、もっとも見ごろなのです。
おおぐま座をめぐる星談議が、トマス・ピンチョンの『メイスン&ディクスン』にあり、とても興味深い箇所でした。
或る夜、米蕃(インディアン)とメイスンが星空を見あげて、おおぐま座について問答している場面です。
前回の引用文をもう一度引用すると、
「彼処(あそこ)の星の集まり、見えます?」ダニエルが北斗七星を指す。
「我々は大熊と呼んでいます、」メイスンが伝える。
「私等もです。」一向に驚いた様子はない。「じゃあ、その傍の折れ曲った線は?」
「熊の尻尾です。」
米蕃達は暫くのあいだ笑いが止らない。「あんた方の国の熊、随分尻尾が長いんだねえ。」
「いや全く、実に長い尻尾の熊だ。」 384〜385ページ
「我々は大熊と呼んでいます、」とメイスンが伝えると、米蕃(インディアン)も、その星の集まりを、おおぐま座の北斗七星を大熊と呼んでいる。
イギリスからやって来たメイスンと、米蕃(インディアン)達がどちらも、この星の集まりを共通して大熊と名付けているのはなぜなのか? ふと、そんな疑問が巻き起こるのだった。
そうだ、星のことなら野尻抱影を調べてみるといいのではないか。
一九五四年(昭和二十九年)に偕成社から出版された『星座の話』(一九七七年六月、改訂版刊)に、野尻抱影は、おおぐま座について述べている。
おもしろいことに、大西洋をはるかにへだてた北アメリカでも、インディアンのほとんど全種族が、北斗七星を大グマと見ています。これはたぶん、ギリシャ神話が、海をわたって伝わったものとかんがえられます。
インディアンは、夜になると、森の木がそろって散歩するものと信じていました。
ある暗い晩、一ぴきの大グマが、ほら穴に帰ろうと、森のなかを歩いていると、木たちがあちこち散歩しているのにぶつかりました。そして、カシの大木(たいぼく)がこっちへやってきて、うろうろしているクマを通せんぼうしたと思うと、いきなり長い枝をのばして、クマの尾をつかみました。これは森の大王だったのです。クマはもがいて逃げようとしました。森の大王はクマの尾を一ひねりひねって、空へブーンと投げあげました。それでクマは、空にひっかかって、星座のおおぐまとなり、尾が長くのびたまま空をめぐっているといわれます。
また、北斗のますをクマと見、柄(え)の三つの星は三人の猟師と見て、クマを一年じゅう追いまわしているともいわれます。それから、秋になって木の葉が紅葉(こうよう)するのは、クマが射られた血がとんで森を染めるからだといい、まん中の一人は、クマがとれたらすぐ料理するためになべ(アルコルのこと)をもっているともいっています。 31ページ「天に投げられた大グマ(伝説)」より