トマス・ピンチョンの犬

 トマス・ピンチョンの『メイスン&ディクスン』についての覚書。
 冒頭、一七八六年のクリスマスの頃、世界を旅してきたウィックス・チェリコーク牧師が、フィラデルフィアの妹の家に食客として留まっている。
 牧師の妹の夫はJ・ウェイド・ルスパーク氏で、町政にも携わってきた立派な商人。
 チェリコーク牧師が、双子の甥とその姉テネブレー、さらにはこのルスパーク家に足を運んで来る老いた友若き友を前に昔話をするのが午後の慣わしになっていた。
 二十年前のアメリカの土地に境界線を引く仕事、測量隊のチャールズ・メイスンとジェレマイア・ディクスンの思い出を語り始めるのだった。
 ピンチョンの小説には、風変わりな犬が登場する。奇妙にも喋る犬である。
 たとえば、
 「第三部 最後の通過」に、メイスンとディクスンの二人が若虫を餌に、月光の下ウィア川で海鱒(シー・トラウト)を釣っているところに、一匹の犬が現れる場面。
 《直ぐ傍でつかつか早い足音が聞え、次の瞬間、見よ、くんくん熱心に嗅ぎながら近付いて来るのは、一度見たら忘れぬ容貌のノーフォーク地犬(テリア)。》
 第一部には、博学英国犬という喋る犬が現われる。禅の公案を語る犬である。
トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(上) (Thomas Pynchon Complete Collection) トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(下) (Thomas Pynchon Complete Collection)