ちび助物語と四本指の謎

 アニメーションで、活弁による瀬尾光世の『一寸法師 ちび助物語』をスクリーンで見ていて気づいたこと。
 一寸法師ちび助がお椀の舟を漕いで都へ向かいます。
 碇(いかり)を下ろしてお椀の舟から陸へ上がると、ジャックと豆の木のように空高く伸びている蔓の草を、ちび助は登って行き、大臣殿の屋敷へと向かって進むのであります。
 ちび助が大臣の前で身振り可笑(おか)しく踊ったら、やんややんやと誉(ほめ)められて家来にしてもらいます。
 座敷での家来の指が四本指に描かれている。瀬尾光世の描くキャラクターの指の描写。
 そういえば、たしか手塚治虫の漫画の描く指の数が四本だったはずだが・・・。
 『来るべき世界』、これは一九五一年一月、不二書房より刊行された作品ですが、角川文庫・手塚治虫初期傑作集の一冊で『来るべき世界』のページをめくる。
 登場人物が四本指で描かれているではないか。
 作品を見ていくと、私立探偵・ヒゲオヤジ(伴俊作)も四本指だ。
 しばし、手塚治虫の漫画のキャラクターの四本指を見ていく。
 巻末に、解説を「黙示録的な壮大さが展開されて行く――。」と題して小松左京が書いている。
 ひと月前に、亡くなった小松左京さんを偲びながら、解説から一部を引用してみよう。
 小松さんが二十歳を迎えた頃の話の部分である。
 『来るべき世界』が不二書房から刊行された一九五一年一月に、
  
 「来るべき世界」上巻と、焼酎一杯は、私の「成人」と誕生日に対する、ささやかな自己祝祭だった。左翼運動をやっている事が家にばれて、勘当同様になっていたから、それ以上の事は出来ようもなかった。夕方まで粘って、三条大橋東詰めの行きつけの飲み屋で、焼酎をもう二合買い、元田中の下宿の、冷たい、垢(あか)と脂にかちかちになった煎餅布団(せんべいぶとん)にもぐりこみ、もう一度読みかえしながら寝てしまった。
 下巻は、約一ヵ月後、下宿にちかい百万遍界隈(かいわい)の安っぽい本屋で買った。とっておいた上巻をあわせて読み通した。――いい作品だった。昭和22年の二月、旧制中学四年の三学期に、駅の売店で、彼の処女長編「新宝島」にはじめて接してから、旧制高校新制大学と、ずっと彼の作品の「追っかけ」をやってきた。最初気はずかしかったが、あとでは開きなおって、ドストエフスキイ埴谷雄高安部公房コクトーサルトル、マルロウなどと同じ流れ――ちょっと傍流ではあるが――の中で読んでいた。(手塚さんが「ファウスト」を漫画化した時、ドストエフスキイの「死の家の記録」をやってくれないかな、と思った。――もっともそのころは、私も漫画原稿の持ちこみをやっていた書肆(しょし)でのすれちがいはあったが面識はなかった)その追っかけの中で出あった、「ロストワールド」「メトロポリス」は、のちのちにも評価の高い「厚み」のある初期長編だったが、その中でもこの「来るべき世界」は、何かそれまでとちがった、現実性のあるスケールの大きさを感じさせた。さらに全体としては、パセティックで黙示録的な壮大さが展開されて行く――などというと、なんだかマンガの評言ではないみたいだが、この太いキイトーンを、手塚さん特有の、歯切れのいいギャグで、リズムとスピード感をあたえ、一気に読ませる。  307〜308ページ

来るべき世界 (角川文庫)

来るべき世界 (角川文庫)