祇園の鴉愚庵の棗(ナツメ)くひに来る

 街路樹のナツメが熟して赤く色付いた。
 明治三〇年の正岡子規の句に、「祇園の鴉愚庵の棗(ナツメ)くひに来る」。

 4日の朝日新聞の読書欄「ニュースの本棚」に加藤秀俊氏の「梅棹忠夫再読」が掲載されていた。
 梅棹忠夫さんが亡くなって1年がすぎた。
 本来の研究者としての著作から三冊が(もっと読んでもらいたい本として)紹介されていた。
 梅棹忠夫、吉良竜夫編『生態学入門』(講談社学術文庫・品切れ)
 梅棹忠夫著『モゴール族探検記』(岩波新書
 梅棹忠夫著『夜はまだあけぬか』(講談社文庫)
 加藤秀俊氏の次の文に、なるほどと思う。
 梅棹忠夫論としても面白い。引用しておこう。
 生態学という学問は世界の姿をあるがままにみる学問である。そこには分類学も系統論も目的論もない。梅棹さんといっしょに、わたしはしばしば大徳寺の僧房(そうぼう)で和尚との問答に参加した。荘子についても語った。
 「あるがまま」をうけいれる梅棹生態学は、どうやら東洋の虚無主義と通じるところがあったようなのである。
 

生態学入門 (講談社学術文庫 78)

生態学入門 (講談社学術文庫 78)

モゴール族探検記 (岩波新書 青版 F-60)

モゴール族探検記 (岩波新書 青版 F-60)

夜はまだあけぬか (講談社文庫)

夜はまだあけぬか (講談社文庫)