『日本人は何を捨ててきたのか』

 新刊の鶴見俊輔関川夏央の両氏による対談『日本人は何を捨ててきたのか』(筑摩書房)を読んでいる。
 この対談集は、二つの対談をまとめている。
 「第一章 日本人は何を捨ててきたのか」と「第二章 日本の退廃を止めるもの」。
 第一章は、1997年3月15日にNHK教育テレビで放送された番組、未来潮流「哲学者・鶴見俊輔が語る 日本人は何を捨ててきたのか」の放送分にそれ以外の収録から起こして加筆した。
 第二章は、2002年12月3日、4日 京都、徳正寺にて収録。

 「第一章 日本人は何を捨ててきたのか」から、一部引用してみる。

 関川 最近の鶴見さんは、しきりに「スキンディープ」という言葉を使っておられますが、どんな意味でしょう?
 鶴見 「ビューティ・イズ・オンリー・スキンディープ」といいますね。美人は皮一重。
 関川 ああ、皮一重。
 鶴見 ええ、だけど顔のしわが立派だとわたしは思う。そういう別の眼差しを育てていくようになるといいのではないですか。能、狂言はそうでしょう。かつてはそうであったし、これからもそういう方向に、つまり一八五三年以前の価値を少しは取り戻すことが重要だと思いますね。
 関川 わたしの場合、しつこいようですが、高度成長期時代のセンスが「スキンディープ」でしたから、日本が成長していくことは正しいことで、気分のいいことだったんですよ。右肩上がりのグラフを見るのが大好きでした。一人当たりのGNPがフランスを抜いた、イギリスを抜いた、そのくらいまでは、それが前向きなことだと信じていました。でも、はかない夢でしたね。そういうのを「スキンディープ」というのですか。わたしも、一時は信じていたんですが。
 鶴見 長くは信じられないでしょう。いまは信じてないでしょう(笑) (後略) 62〜63ページ
 
 
 本の帯に、
 
    3・11以後を
    私たちは
    どう生きるか

    19世紀後半、私たちの
    先輩は、世界を航行する
    ため「日本という樽の船」
    をつくった。それはよく
    できた「樽」だった。
    しかし、やがて日本人の
    「個人」を閉じ込める
    「檻」になりかわった。
    では、21世紀の海を
    ゆく「船」は?


 巻末に、関川夏央氏の《鶴見俊輔先生の「敗北力」》という文で、

 『日本人は何を捨ててきたか』という本書の表題は鶴見先生の言葉からいただいたのだが、日本人が「捨ててきたもの」のうち、もっともかけがえのないのは「敗北力」だと考えておられるようだ。
280〜281ページ

 未来潮流「哲学者・鶴見俊輔が語る 日本人は何を捨ててきたのか」の放送ですが、放送当時、カセットテープに談話を録音したような気がした。
 探すと見つかった。テープに、1997年8月6日に再放送された番組の音声を録音していた。
 さっそくテープを再生して聴く。
 未来社会についての談話にうなずくところあり。