フレデリック・ワイズマン監督の映画『セントラル・パーク』

セントラル・パーク

 2月に引き続き「現代社会の観察者」として、独自の映像表現を展開し続けているドキュメンタリー作家のフレデリック・ワイズマン監督の作品を上映している。
 シネマテーク・プロジェクト第4弾「フレデリック・ワイズマンのすべて」からの一本、『セントラル・パーク』(1989年、176分、カラー、日本初公開)を観に寄る。
 原題は「Central Park」。途中5分の休憩がある。字幕翻訳・齋藤敦子。

 プログラムより引用。
 ニューヨーク市のランドマークのひとつセントラル・パーク。ジョギング、ボート遊び、スケートなどのスポーツをする場、散歩、ピクニック、パレード、コンサートなどの音楽や演劇の発表の場として、人々は、様々なかたちでこの公園を活用している。一方、市の公園課は公園を維持し、一般に開放するために様々な問題に対処すべく、四六時中、奮闘する。セントラル・パーク自体が、この映画の主人公である。 

 冒頭、月が空に煌々と照っている。夜のセントラル・パークの月あかりが素晴らしい。
 しだいに夜明けになる。セントラル・パークの朝。
 公園の池に野鳥が、樹木にはリスがいる。亀が高い岩壁の上まで登って来て、今にも落ちそうになるのを人々が救出する場面がある。草地で日光浴する人、読書する人。
 映画のロケ、マラソン大会、パレード、オペラ歌手の野外公演。
 マラソン大会でニューヨーク市長のエド・コッチがスタートの宣言をする場面がある。
 「ワイズマンのすべて」というカタログに、「ある人生のスケッチ」というフレデリック・ワイズマンの自伝的な文章があり、それを読むと、父親は1890年にロシアで生まれ、5歳で合衆国に移住した。(発行・コミュニティシネマセンター)
 《彼はロシアでの5年間について言及したことは一度もなく、アメリカ人になること、活動的で責任あるコミュニティの一員になろうと必死だった。》(訳・冨田三起子)
 ラストは日が暮れ夜の月あかりがあり、また朝日は昇る。セントラル・パークの一日が始まろうとしている・・・。