坂崎重盛著『「絵のある」岩波文庫への招待』という芸術新聞社刊の本で、筆者の坂崎重盛さんが、元本にあった挿画や図版が再録された岩波文庫を百二十タイトル、冊数にして約百九十冊を収集したという。
岩波文庫の古い刊行本には図版や挿し絵が入っていないのが一般的でしたが、いつからか図版や挿し絵それも元本などにあった資料的に貴重なものを入れるようになったのですね。
その「絵のある」岩波文庫の面白みを語っている。
筆者によると、挿し絵や図版を入れた「絵のある」文庫が目にとまると、ま、買っておこうか、というくらいの気分で収集した、ちくま文庫、河出文庫、中公文庫で、意外にも筆者の心をもっとも強く捕らえたのは岩波文庫だったそうです。
岩波文庫といえば、和洋の古典、古今の名著の殿堂、のイメージがある。知識人の御用達? といった気配もある。その岩波文庫が、じつは、文中に挿し絵や図版を挿入する本づくりに、とても意識的であったことに、改めて気づかされたのだ。 2ページ
読んでいて、永井荷風『濹東綺譚』に木村荘八(しょうはち)が描いた挿し絵をめぐる話が興味深かったのですが、先日新藤兼人監督の映画『濹東綺譚』を鑑賞していたら、冒頭のシーンに木村荘八の挿し絵が映されていました。
サッカレ『床屋コックスの日記 馬丁粋語録(べつとうすごろく)』を採り上げて、翻訳者平井呈一を話題にしている。
さて『『床屋コックスの日記 馬丁粋語録』、訳者は、あの、平井呈一という人は、知っている人は皆知っている二つの顔を持つ。
一つは、著名なる翻訳者、また怪奇・幻想の英文学作品の紹介者。
ラフカディオ・ハーン=小泉八雲の作品翻訳で親しんでいる人も多いのではないか。
薫陶を受けた作家に由良君美(ゆらきみよし)、紀田順一郎、荒俣宏らがいる。この三人の名前を見るだけでも平井呈一の守備範囲の想像がつくというもの。また、荒俣宏が「三度、破門された」という話も、荒俣本人による申告なのかどうかは定かではないが、麗しいエピソードではある。
こんな横道にそれていて、「もう一つ」を忘れるところだった。平井呈一の、「もう一つ」の顔は、永井荷風の日記や『来訪者』に描かれてしまった「偽書づくり人」としての若き日の「平井某」。
これがどこまで事実だったかどうか。
荷風はもともと疑心暗鬼、思い込みの強い人ではある。
とにかく普通なら、このスキャンダルだけで再び文学、出版の世界に浮上することなど不可能だったろうに、平井呈一は、のちに翻訳者として見事、名を成す。
その翻訳が、また、なんともいえぬ名口調。『床屋コックスの日記 馬丁粋語録』でも、これは翻訳? はたして超訳? と思わせられる訳文で隅から隅まで楽しめる。 314ページ
例文が挙げられていますが、坂崎さんが言うように、平井訳は「江戸弁駆使の翻訳三昧」のようですね。
「ケチリン」「さくい」「イタチの道」「久米仙」「かすり」「鹿島立」・・・・・・。 315ページ
「江戸弁」の言葉が余所者にはちんぷんかんぷんですが・・・。
「久米仙」は久米の仙人でしょうか。
ケチリン? これは分からない。
あとがきに、《挿し絵は本の花であり、果実なのでした。》 357ページ
- 作者: 坂崎重盛
- 出版社/メーカー: 芸術新聞社
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