井伏鱒二著『場面の効果』(大和書房)には、三十六篇の随筆が収録されている。
そのひとつ本のタイトルと同じ「場面の効果」は、昭和四年発表の文章です。
多田道太郎の「転々私小説論」(三)「飄逸の井伏鱒二」で、俳優の石山龍嗣について述べている箇所があるのですが、「場面の効果」から井伏さんが映画のエキストラ役に出演した経緯について述べているので、ちょっと「場面の効果」の文章を読みたくなり手に取ったわけです。
井伏鱒二が石山龍嗣のいる松竹蒲田撮影所に出かけた折に、石山龍嗣の出演する撮影現場の見物人として居合わせた。
その時に係りの人に、
この撮影が始まろうとしていたとき、係りの人(おそらく監督であろうーー後でわかったが牛原虚彦監督であった)は、酒場のお客が全部洋服姿であるのに気がついて、見物人である私に言った。
「失礼ですが、あなた和服ですから、お願いします。」
エキストラになれと私に頼むのである。私は和服にインバネスを着ていた。この風采では酒場の良い客らしくない。しかし私は後向きでならば寧ろ出場したいと答えて、セットの酒場の土間に入った。そしてカメラに背を向けて卓についた。 53〜54ページ
井伏さんはエキストラ役で酒場で飲む客として出演している訳です。後姿です。
二週間後に浅草の映画館へエキストラ役の自分を見に出かけています。
解説の島村利正によると、
2の「場面の効果」は昭和四年の作品で、この集のなかではいちばん初期のものであるが、同じこの年に井伏さんの初期の代表作とされている「山椒魚」が正式に発表され、また「屋根の上のサワン」も、つづいてこの年に発表されている。この作品に出てくる石山龍嗣氏は、井伏さんの青春時代にとって忘れ得ぬ人のようで、ほかの随筆にもその横顔が仔細に書かれている。なお偶然のことながら、このときの映画監督、牛原氏の兄に、井伏さんは郷里の中学校で英語を教えて貰っている。
314〜315ページ

- 作者: 井伏鱒二
- 出版社/メーカー: 大和書房
- 発売日: 2012/03/24
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