渋谷実監督の映画『好人好日』

 松竹キネマ90周年記念「喜劇映画の異端児 渋谷実監督特集」を、1月に鑑賞した。
 淡島千景の出演映画の1本。

 渋谷実監督の映画『好人好日』(1961年、松竹、88分、カラー)を観た。観客は40人ほど。
 原作は中野実で、脚本が松山善三。撮影は長岡博之である。
 出演は、笠智衆淡島千景岩下志麻、川津佑介、乙羽信子北林谷栄高峰三枝子、織田政雄、三木のり平、小川虎之助。
 
 1月プログラムより引用すると、
 

世界的な数学者だが、世間では変人扱いされている大学教授の尾関。彼の文化勲章受賞と、娘の登紀子の結婚をめぐって、尾関家に一波乱が起きる。家族の絆を描いた、暖かさあふれるドラマ。

 
 冒頭、奈良の東大寺の大仏殿で登紀子(岩下志麻)が大仏さんを仰いで願い事をつぶやいている。
 空が青く晴れた奈良公園で尾関(笠智衆)はすわって、娘の登紀子が願をかけている間を待っていた。
 そばには鹿が群れている。のどかな光あふれる奈良公園の緑の樹木。素晴らしい映像美。
 カラー映画で、フィルムの状態がよく奈良の町の色彩に落ち着いた深みがある。撮影が長岡博之だ。

 登紀子は市役所に勤めている。同僚の恋人の竜二(川津佑介)との結婚を考えているが、変人の父が認めないので弱っている。それで願をかけているわけだ。
 登紀子役の岩下志麻は本当に初々しい。
 竜二は由緒ある墨の製造元の商家の跡継ぎ。竜二の姉が乙羽信子、祖母が北林谷栄である。
 登紀子と竜二がデートする場所が東大寺の界隈だ。

 数学教授の尾関の好物はコーヒーで、よく飲むので、妻(淡島千景)からも制限されているものの、隙(すき)を見つけては何かとコーヒーを飲もうとする。やたらと飲みたがる。
 コーヒーを飲むと上機嫌で、コーヒーに執着するしぐさがなにやら滑稽である。
 淡島千景が演じる妻節子はそれでもいやな顔もせず応じているのが、尾関家が暖かい気持ちで家族がつながっているのを感じさせる。
 尾関は近所の食堂に毎日のようにコーヒーを飲みに出かける。
 コーヒーを飲みながら店のテレビで野球を見るのを楽しむのだった。
 数学の苦手な店の息子に数学を、コーヒーを飲むついでに見てやっている。
 (笠智衆が店の息子とボクシングをする場面があるのだが、観ていて渋谷実監督の『奥様に知らすべからず』で、ボクサー役を演じた笠智衆を思い出した。ボクシングシーンの滑稽さが似ている。)
 ある日、ウサギを貰ったと言い、家にウサギを抱えて持ち帰って来ることがあった。
 そのたびに妻節子と娘の登紀子とに波乱が巻き起こるのだった。
 尾関は晴れた日に雨靴を左右逆に履いても気づかなかったり、近所でも勤めている大学でも一目置かれた変人ぶりだ。
 近所の人からも変人さんとして知れ渡っている。
 プリンストン大学から招聘するという話が大学に持ち込まれるが、キッパリと行きませんと断るのだった。
 
 そんな尾関だったが、今度は文化勲章を授与するという話が持ちあがった。
 はじめは断っていたがそういうわけにも行かなくなり受賞を慶んで、東京へ夫婦で授与式に列車で向かうのだった。新婚以来はじめての上京だ。
 学生時代に住んでいた寮に懐かしくて泊まる。尾関はここで結婚式をしていた。家主が小川虎之助。
 授賞式の済んだ日の夜、部屋に三木のり平の泥棒が入り借り衣裳の服や文化勲章が盗まれてしまった。
 奈良へ帰って来ると、市を挙げて祝賀会があり、その席で勲章を見せなければならない事態になるのだった。さあ、大変。
 勲章が盗まれて持っていないことが分かり、大々的に勲章紛失がニュースとして報道される。
 だが、ニュースで知った泥棒の三木のり平が、奈良まで勲章を返しに来てくれた。