紅野敏郎著『本の散歩・文学史の森』で、紅野氏が昭和五年六月平凡社より刊行の蝙蝠座の第一回公演上演台本の『ルル子』がどのような台本かを説明している。
それによると、台本の序を今日出海が書いている。
戯曲『ルル子』はウェデキントの『地霊』と『パンドラの箱』が組み合って出来た蝙蝠座のメンバー五人による戯曲で、つぎのような構成であった。
中村正常(プロロオグ、「パンヤ文七の開店」、第一幕「『馬鹿の標本』座談会」)
池谷信三郎(第二幕「仮面舞踏会」)
舟橋聖一(第三幕「プリマドンナ・ルル」、第四幕「ダイヴイングと殺人」)
坪田勝(第五幕「ナイトクラブ」)
西村晋一(エピロオグ「しぼんだ花の挿話」)
《上演に際しては、きわめて個性的な画家の東郷青児・古賀春江・阿部金剛・佐野繁次郎の四人が「異つた手法で、舞台や衣装を着色」した。これらの画家は、いずれも昭和初期のモダニズム文学に深いかかわりをもった人々ばかりである。
つまりこの『ルル』は、ウェデキントからはじまり、蝙蝠座のメンバー五人のそれぞれのトンネルをくぐり、ハイカラな本となり、ついで彼らの演出、さらに四人の才能ゆたかな画家の着色を経て、一同の前に披露されたのである。一人の作家の、追いつめられた、苦しい密室の営みの末に、やっと出来あがっていく真摯にして精巧な作品、というのでは絶対にないのである。
今日出海は「多面多稜の蝙蝠座」、ということばも用いている。また「面が多ければ多い程、屈折律は増大する。屈折率が多ければ、反射は燦然とするのは物理学が証明する」とも語る。つまりこの『ルル』の新しさは、「多面多稜」「多色多彩」の力のもたらす綜合性にある、というわけなのである。(中略)しかし、この『ルル』、はたして綜合力が発揮できたかどうか。
舞台を見ていないが、この台本に関する限りでいえば、「ノー」と答えざるを得ない。才能の遊び、試み、という点、また本のつくりかた、という面では大変におもしろいが。 135〜136ページ》*1

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*1:太字の文字にママと傍注あり。)