荒川洋治著『文学の空気のあるところ』

 荒川洋治著『文学の空気のあるところ』で高見順への筆者の話が興味深かった。
 高見順についての文学講演を活字にしているので、筆者の肉声が聞こえて来る。

 

 高見順の日記は、読むといろいろ発見がある。「敗戦日記」や「終戦日記」として文庫にもなっていて、持ち歩いて読むにも便利だ。高見順の日記は、「敗戦日記」が昭和二十年、「終戦日記」が昭和二十一年の日記である。
 その日記に登場する人物が、高見順の目から書かれていて非常に面白い。

 「敗戦日記」の五月三十日に、今日出海について書かれている。


 五月三十日
 (前略)
 銀座のエビスビアホールも焼けたという。
 店へ小林秀雄が入って来て、
「今ちゃんが帰って来たそうだ」 え? と皆(註=久米、川端、中山、永井)は驚いた。もう駄目と諦めていた今日出海君が運よく潜水艦で比島から脱出することができ、台湾へついて、それから飛行機で内地へ来た。逗子の家に無事に帰ったという。万歳! というところだ。


 高見は、今日出海が潜水艦でフィリピンから台湾へ脱出した、と日記に書いているが、実際は今日出海の「山中放浪」によると、新司偵という小型の飛行機でフィリピンから台湾へ脱出している。
 日記には今日出海は飛行機ではなく、潜水艦で脱出したという小林秀雄からの噂(うわさ)を書いている。
 昔の日記を読むときに、当時の人の聞いた噂が事実と異なっていることがあると、気づかされた。

文学の空気のあるところ

文学の空気のあるところ