伊丹万作監督の映画『赤西蠣太』


 4月に引き続き、時代劇を特集します。今月の上映作品は、東映創立5周年を記念した大作「赤穂浪士 天の巻・地の巻」、日本映画初のワイド・スクリーン作品として大型画面に先鞭をつけた「鳳城の花嫁」、時代劇の演出に才気を見せながらも28歳の若さで早世した山中貞雄監督の遺作「人情紙風船」、市川雷蔵の人気シリーズの1本「眠狂四郎 勝負」などです。市川右太衛門片岡千恵蔵嵐寛寿郎中村錦之助市川雷蔵といった時代劇スターの活躍をお楽しみください。 (5月プログラムより)


 伊丹万作監督の映画『赤西蠣太』(1936年、片岡千恵蔵プロダクション、78分、白黒)を観る。

 出演は、片岡千恵蔵、杉山昌三九、原健作、志村喬上山草人。脚本が伊丹万作。昭和十一年公開作品である。

 志賀直哉の同名小説の映画化。江戸の伊達屋敷の長屋に住むさえない男・赤西蠣太。実は彼は、お家騒動の陰謀を探る密偵だった。蠣太の活躍と彼をめぐる恋模様を、伊丹万作監督がユーモラスに描く。 

 印象的なシーンがある。
 冒頭、江戸麻布仙台坂の伊達兵部邸に向かう傘を差した志村喬演じる角又鱈之進らを真上から撮っている雨傘のシーン。「シェルブールの雨傘」の雨傘のシーンに似ている。 
 行燈(あんどん)で一人将棋をしている新参者の赤西蠣太片岡千恵蔵)が、天井でネズミが騒ぐので猫の鳴き声を真似る。
 雨降りの夜、野良猫が屋敷に上がろうとする。見つけて赤西蠣太はつまんで外へ出す。野良猫はまたやって来る。繰り返し外へ出すのだが、その反復が可笑しい。
 登場人物の会話でも、反復した台詞(セリフ)を言わせるのが愉快だ。
 もう一人の密偵の青鮫鱒太郎(原健作)と赤西蠣太の二人は協力して伊達家乗っ取りの陰謀を阻止しようと活躍するのだが、伊達兵部邸に商人の娘が奉公にやって来る。
 娘の名前は小波と書いて「さざなみ」と名付けられた。
 陰謀の書状を入手して国元に戻るのに、怪しまれないために、密偵の二人はあることを実行した。それは美人で評判の小波(さざなみ)へ付け文を出して、振られて藩邸で物笑いになるように仕掛けたのだったが・・・。
 物語は意外な展開になる。
 小波(さざなみ)に振られる予定だったのが、赤西蠣太は惚れられてしまう。
 困った、困った。
 しかし、時を急ぐ赤西蠣太は国元へ届ける陰謀の証拠の書状を持って藩邸を逃げ出した。だが、原田甲斐密偵と見破られて追っ手に追われた。

 さて、伊達家のお家騒動が過ぎ去った後、ある日、小波から一時姿を消していた赤西蠣太小波(さざなみ)の家に現れて再会した。座敷に二人が対面して、
 「今日はゆっくりしてください」というのに、「いや、あまりゆっくりはできないのです」と繰り返して言う。これも反復の笑い。
 ラスト、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」の曲が鳴るのだった。

 他に、気のいい按摩・安甲役の上山草人の演技に注目した。
 安甲は、赤西蠣太がふと漏らした秘密を聞き、口止めされていたのだが、口が軽く秘密を喋るので、密偵の青鮫鱒太郎(原健作)に消される役である。 
 赤西蠣太(あかにしかきた)とは、海産物の蠣(かき)と太いの太で、蠣太(かきた)と云う。登場人物の名前に海産物の名前を付けている。
 映画は赤西蠣太の恋をユーモラスに描き、微笑ましく面白い。