最高峰にのぼる4

 翌日は、登山隊はなおも深い谷をのぼりつづけた。
 《すっかり黄葉した落葉性の広葉樹にかわって、しだいに常緑広葉樹がふえてきた。景観は、だんだん緑が濃くなり、見かけの季節は、秋から夏にかわってきたようだ。
 高さが加わるほど緑が多くなるというのは、日本などとは逆である。しかし、これは当然であって、山の上の方は、下界よりずっと雨が多いのだ。だから、雨緑林にかわって、むしろ暖帯南部の常緑広葉樹林帯に近い森林がでてくるのである。この日の午後、はじめてマツを見た。景観は、日本南部の山によほど似てきた。山は深く、高度はしだいに増してくる。》梅棹忠夫著『東南アジア紀行』(214〜215ページ)
 夕方、突然に開けた場所に出た。パーモンというカレン族の大集落に登山隊は到着する。
 平原のタイ族の部落から三〇キロメートル、垂直距離にして一〇〇〇メートル以上も高い場所に、途中は大森林で埋められているにもかかわらず、《こんな山奥の谷間に、こんなりっぱな大集落をかまえて、別種の人たちが住んでいようとは、だれが想像し得るだろうか。》(215ページ)

 梅棹さんは、シナの民話に出てくる桃源郷というのを思いだす。
 隊員は採集・観測しながらのぼるので、(頂上までウマではあがれないので、)テントをかつぎ上げるのに、カレンの村(戸数九〇戸)から人夫を十一人傭う。

 《一月九日の早朝、キャラバンはパーモンのキャンプを出発した。》(217ページ)
 田んぼが終わると、いきなり斜面の森にふみこみカレンたちの先頭の二、三人が二尺ほどの山刀をふるって、道を切りあけて、輸送隊がつづき、その後を隊員たちがのぼって行く。
 カレンたちははだしである。
 タイ映画のヘーマン・チェータミー監督『メモリー 君といた場所』(2006年)に、日本の南部の山に似た景観が見られる。
 山の上の方は、下界よりずっと雨が多くなるということだが、映画で高山の山腹に主人公の二人がいる霧のかかる幻想的なシーンは印象的だった。