『東京の昔』の頃と『金沢』

 川を渡っている時に、川の中に立っている竹のひびにたたずんでいる鳥を見た。アオサギだ。いつもの鳥よりやや小型かな。このところ寒さは和らいでいる。
 夕方の南の方の空には上弦の月が高く昇っていた。南西の空に低く金星が明るい。
 安原顯の『読書狂いもほどほどに』2001年刊(双葉社)に吉田健一に編集者として安原が接した頃の話がある。七三年には、中央公論社の文芸誌『海』に連載小説『東京の昔』を依頼したという。もう一つ『奇怪な話』も。いずれも十二回の連載で、合計したら丸二年吉田健一から原稿を受け取ったことになるそうだ。「文庫で読む旧著再読」で『金沢』(講談社文芸文庫)にふれての文章に上記の話があった。『金沢』の解説を四方田犬彦が書いていて、なかなかよく書けていると記す。

 「芸術の話」のような野暮は嫌いで、たまたまそうした話を向けると、「安原さん、下品な話は止めましょうよ」と言い、また、「ぼく、お金があったら小説なんて絶対に書きませんよ」と、しばしば口にしていた。ぼくが辞去する際、水割を飲み干さないと注意された。むろん酒代は吉田健一が持った。  173頁