舞楽を観る

蘭陵王

 出前自然史博物館という、一日だけの自然史博物館を訪れる。哺乳類、鳥類、植物、鉱物、化石、昆虫の標本が展示されていた。数は少ないが、少ないだけに厳選されている。ツキノワグマ・キツネ・タヌキ・イタチ・テン・コウモリなどの哺乳類。クマタカハヤブサ・トビ・コハクチョウ・ヤマセミアカショウビンコウノトリ・トキなどの鳥類。ヒグマ・ジャコウウシ・ハイイロオオカミ・カナダリンクスの標本が並んで立っていた。
 化石のコーナーで、アンモナイトを触る。直径が六〇センチメートルくらいある。ナウマン象の歯も持ち上げると重い。これらは、倉敷自然史博物館からやって来た標本らしい。
 夕方から舞楽を観に厳島神社へ。十五日は菊花祭である。フェリーで島へ渡って、もみじ饅頭を「やまだ屋*1で買う。帰りが遅くなるので、先に買っておいた。
 参道は闇に包まれて足元は見えない。海中の照明に照らされた鳥居を右手に神社に着く。回廊を通って本殿へ急ぐ。まだ舞楽は始まっていなかった。
 高舞台へ着くと、周りを取り囲んで大勢のひとがいた。床に座っている人、キャンバス地の長いすに腰掛けている人、立って今か今かと待っている人。
 今夜の菊花祭の舞楽に、アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアからやって来た男がいた。なんでも十人ほどのグループの旅行で、日本にある世界遺産を中心に訪れているそうだ。振鉾(えんぶ)、萬歳楽(まんざいらく)、延喜楽(えんぎらく)、蘇利古(そりこ)、一曲(いっきょく)と順に演じられていく。高舞台の舞人へ向かってデジカメのストロボが、多数あちこちから光るのだった。座っていた高舞台を取り巻く床の下は、海水が見える。
 ザザーっと床下で音がする。舞楽で演奏される舞曲が、左楽房と右楽房から、演目によって交互に演奏されて聞こえて来る。
 月が見えない夜空で、仰向くと流れ星が見えた。寒いかと思っていたが、今夜はそれほど冷え込まなかった。
 散手(さんじゅ)、貴徳(きとく)、蘭陵王(らんりょうおう)、そして納曽利(なそり)、最後の長慶子(ちょうけいし)とつづく。今夜は、蘭陵王まで見て帰路に着いた。フェリーの港への途中、暗闇から何頭もの鹿が不意に姿を現すのだった。