「暗闇の楽器」ブーン、ブーン

 『図書』2009年11月号連載の今福龍太《「薄墨色の文法」13――「唸り」一》が面白かった。
 「暗闇の楽器」と題して、《回転によって音を発する素朴な民俗楽器に、私は長いあいだ魅了されてきた。》という冒頭の一行からはじまる文である。
 ロイ・ロイと呼ばれるブラジルインディオ起源の鳴り物楽器(今福さんは、特別に小さい魅惑的ながらくたのひとつという)が発する、《虫の羽音や動物の鳴き声などの自然の深々としたノイズを真似てこの玩具を回転させながら鳴らすときの感興のなかに、子供たちは単なる音響的な快楽以上の畏怖を感じてきた。》
 そういったロイ・ロイに似た楽器=玩具がメキシコやペルーにもあって、マトラカと呼ばれるそうだ。
 一種のガラガラで、《だがその不思議な持続低音はどこか宇宙的な響きを持っており、魔を祓う神聖な力を持っているとされてきた。》
 マトラカの原型はヨーロッパのカトリック暦における復活祭の直前に、教会の鐘の代わりに信者を呼び集めるために使われた鳴り物であると考えられているそうだ。
 《キリストの死によって到来した闇のなかで文明の楽器や音が禁じられ、それに代わる音が野生の音響的ストックから呼び出されるのである。》
 小槌やカスタネット、振り回すマトラカ類の楽器は総称して「闇の楽器」と呼ばれていた。
 人類学者レヴィ=ストロースの主著『神話論理』の第二巻を形成する著作『蜜から灰へ』のなかに、《まさに「暗闇の楽器」と題されたパートで、南米のインディオからヨーロッパの民俗にいたるまで広汎に見られるマトラカ型の体鳴楽器が生み出すノイズが、民衆の神話的思考のなかで野生と文明を結ぶ特別の結節点につねに出現することを詳細にあとづけている。》 と、レヴィ=ストロースを読み解いている。
 一転して、《風の唸りをひきだす祭儀的な楽器と、私は九州五島列島で出遭ったこともある。》とつづける話が興味深かった。
 魔除けや開運のしるしとして五島列島域に古くから伝わる装飾凧「バラモン凧」の肩の部分に「ウナリ」と呼ばれる弓が水平に付いていたことをめぐる話である。
 これを読んでいて、ふと、五島列島でなく長崎県平戸口の田平で正月に「鬼凧」を揚げているのを見たのを思い出したのだった。
 誰もいない海から吹きつける風が強い丘の上で、一人一日中凧を揚げているひとがいたのだ。
 大きな鬼の面の凧で、ブーン、ブーンと唸っているのだった。
 これもレヴィ=ストロースのいう「暗闇の楽器」であるのだろうか。
 《ビンビンともズンズンとも聴こえるその持続する重低音は、まさにズンビドールのあげる畏怖に充ちた唸り音に驚くほど似ているように私には感じられた。魔性は風に乗って海を渡った。アマゾニアの密林を渡る風が、偏在する悪魔とともに、五島列島の海風へと接続されたのだ。》