『愛妻物語』

 「新藤兼人 百年の軌跡」が六月も開催されている。
 『愛妻物語』と『卍(まんじ)』をサロンシネマ2で観た。
 追悼祈念上映である。
 新藤兼人監督の『愛妻物語』(1951年、大映、97分、白黒、スタンダード)の出演は乙羽信子宇野重吉、菅井一郎、滝沢修殿山泰司、香川良介、英百合子清水将夫
 驚いたことになぜか、観た後に劇場からお土産が観客全員に配られる。

 『愛妻物語』について、新藤兼人著『三文役者の死』(同時代ライブラリー)に、

シナリオを書きながら『愛妻物語』を提出して機会を狙っていた。『愛妻物語』は、戦争中に血を吐いてたおれた妻へのレクイエムに書いたもので、これ一本はわたしが監督をしたいと思った。大船時代、わたしの熱望がかなえられて京都の実景を二千呎撮ったが、『肉体の盛装』騒ぎが起こって、わたしの監督は幻におわった。
 わたしはシナリオライターから監督に転向するつもりはなかったが、『愛妻物語』だけは他人の手に渡す気になれなかった。これを超えなければわたしの戦後がはじまらない気がした。(中略)
 この映画は、わたしが主人公で、事実が七分フィクションが三分というもので、主人公には宇野重吉、妻の役には乙羽信子で理想的な配役を得たが、隣家の友禅の下絵描きが重要だった。これをタイちゃんにふりあてた。
 下積みの友禅の下絵描きが『愛妻物語』にしめる役は大きかった。シナリオまず技術があって、その技術が創作をする。創作とは職人の技術が何と出会うかである。
 溝口健二滝沢修)に師事するため東京から京都に移った主人公(宇野重吉)は、下鴨の二軒長屋に住む。隣は友禅職人(殿山泰司)である。創作にゆきづまった主人公は、隣家の下絵描きの仕事に、技術の大切さを知って絶望の淵からはい上る。わたしは『森の石松』のタイちゃんを知っているから、宇野重吉とはよいバランスがとれると思った。  82〜83ページ

三文役者の死―正伝殿山泰司 (同時代ライブラリー)

三文役者の死―正伝殿山泰司 (同時代ライブラリー)