新刊案内から

 書店にて出版社のPR誌を頂きました。「ちくま」12月号です。〈重箱のすみから 13〉(金井美恵子)と〈世の中ラボ〉(斎藤美奈子)の二人の連載が続いています。

 筑摩書房の新刊案内にあるのですが、ちくまQブックスというシリーズ本が出ています。今月号は、森毅著『悩んでなんぼの青春よ』と田房永子著『なぜ親はうるさいのか』の二冊であります。

筑摩書房 ちくまQブックス (chikumashobo.co.jp)

 

 

 

雑誌「ユリイカ」、フレデリック・ワイズマン特集

 雑誌「ユリイカ」2021年12月号を手に取って見た。特集・フレデリック・ワイズマンである。


 昨年の5月に、アメリカの高級百貨店のニーマン=マーカスが経営破綻をしたというコロナ禍の中でのニュースがあった。
 フレデリック・ワイズマン監督の映画『ストア』(1983年)で、ニーマン=マーカスのテキサス州ダラス本店の1982年のクリスマス・シーズンの店の日々を、社内で働く人々の様子を撮影している。
 ダラス本店を訪れる客への店員の接待、その扱われている高級品の数々が売れていく。1982年のアメリカのクリスマス・シーズンの日常風景が撮影された映画であった。
 雑誌「ユリイカ」のフレデリック・ワイズマン特集は、最新作『ボストン市庁舎』が公開されることによる特集。

 

 青土社の12月号紹介記事から一部引用すると、

 《最新作『ボストン市庁舎』11月12日公開!!
フレデリック・ワイズマンはひたすら〈そこ〉を撮る――州立刑務所矯正院、高校、少年裁判所、盲ろう学校、シェルター、町、そして公共図書館。ナレーションも字幕も、劇伴も、インタビューもないままに、巨匠はただ膨大に撮る。ただ膨大に撮り、つなぐ、監督としての営為によって、アメリカ合衆国がいかに機能しているのかを明らかにする。まもなく公開となる『ボストン市庁舎』、今年91歳を迎えた巨匠の目は生まれ故郷をどう捉えたのだろうか。「すべては画面のなかにある」。》

 「とにかく、映画を作ることが好きなんです」――『ボストン市庁舎』というタイトルのフレデリック・ワイズマンへのインタビューが冒頭にある。

 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3634

 

 

 

鴨啼くや上野は闇に横はる

 先日、川にヒドリガモの群れがいました。渡り鳥です。群れはゆるやかに流れる川を静かに滑るように動いています。群れが大きく広がり、また集まってきて小さくなり、絶えず一時も止むことがなく動いていました。

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 「鴨啼くや上野は闇に横はる

 正岡子規の俳句で明治二十八年(1895年)の句です。

 この年の子規は、三月三日に東京を発して大阪に一泊し広島に行く。
 四月十日に近衛師団司令部と共に海城丸に乗り宇品を発す。

 参照:「従軍紀事」 海城丸船中https://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/50392_40119.html

 

 

山茶花に新聞遅き場末かな

 晩秋から初冬の頃に咲きはじめる山茶花(さざんか)の花が満開になっていた。近くに寄り、白い花弁を眺める。ツバキ科の常緑樹で葉が艶々としている。

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 「山茶花に新聞遅き場末かな

 正岡子規の俳句です。

クロガネモチと新刊

 夕方、東の空に月食を観た。月の表面がやや赤みを帯びている。

 街路樹のクロガネモチの木が赤い実をつけていた。鈴なりである。

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モチノキ科の常緑高木。雌雄異株で、五月ごろ、淡紫色の小花を群生し、実は熟すと赤い。名は枝や葉が黒みがかってつやがあることによる。  『大辞泉

 今月の新刊に、池内紀川本三郎の対談本が出るようだ。池内紀川本三郎著『すごいトシヨリ散歩』である。

 雑誌「望星」に三カ月ごとに連載されていた対談「にっぽん そぞろ歩き」の連載が終わって、二人の対談がまとめられ本になった。

 参照:1909_ren1.pdf (tokaiedu.co.jp)

    1603_toku.pdf (tokaiedu.co.jp)

    1609_ren.pdf (tokaiedu.co.jp)

  

 

 

  

『ジャック・リヴェット 夜警』

 映画/批評月間 フランス映画の現在 vol.3、マルコス・ウザル(カイエ・デュ・シネマ)によるセレクションからの一本、『ジャック・リヴェット 夜警』(1990年)を観る。クレール・ドゥ二、セルジュ・ダネーが監督。ビデオ映像から変換したもの。

 《ジャック・リヴェットが、『カイエ・デュ・シネマ』で編集長を務めた時代からの仲間で、信頼を置く映画批評家セルジュ・ダネーと共に、かつて撮影したパリのいくつかの場所を訪れる。顔を撮ること、身体を撮ることとは、セクシュアリティーとは、ヌーヴェルヴァーグとは、孤独であるとは、そして映画とは、昼から夜へ、移動から静止へ、2人から豊かな言葉が流れていく。》(パンフレットより)

 7日、ジャック・リヴェット監督の映画『パリはわれらのもの』(1961年)を観る。この映画は1958年に撮影が開始され完成までに2年を要したという。「パリは誰のものでもない」という言葉ではじまる。 

 『ジャック・リヴェット 夜警』(1990年)は、セルジュ・ダネージャック・リヴェットと共にパリでリヴェットの映画でかつて撮影した土地を二人で巡りながら彼の生い立ちや映画についてどのような気持ちで撮って来たのか、過去の映画について、現在の心境などをインタヴューしていて興味深く観ました。物静かで、一語一語かみしめるように語るジャック・リヴェットの顔の表情が印象的でした。ジャック・リヴェットの映画の引用があり、インタヴューをより効果的にしていました。ジャン・フォートリエの顔の絵が話題になっていました。フリッツ・ラングムルナウ以前、1915年~1920年の映画についても触れていました。映画は言語ではない、という。ポール・ヴェッキアリの『ワンス・モア』にも触れていました。
 今回の「映画/批評月間 フランス映画の現在 vol.3」に、「ジャン=フランソワ・ステヴナン特集 :逃走の悦楽」があって、ジャン=フランソワ・ステヴナン監督の3本の映画とパトリシア・マズィ監督『走り来る男』にジャン=フランソワ・ステヴナンが出演しています。『ジャック・リヴェット 夜警』に、リヴェット作品に出演したことのあるステヴナンがパリの街角にオートバイでやって来てヘルメットを脱いでジャック・リヴェットとの映画作りについて人物評などを語っているのは良かった。

 

オリーブの実が色づく

 街路樹のオリーブの木に色づいた果実を見つけた。オリーブの実がやや赤みを帯びる時期を迎えている。完熟すると黒紫になります。

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 「ちくま」10月号の新刊案内の嵐山光三郎著『「世間」心得帖』に注目。文庫オリジナルとある。

 夏の読書で、嵐山光三郎著『兼好凶状秘帖』という小説を読んだ。吉田兼好が主人公。
 「終章 スイカ譚(たん)」に、筆者が恩師の金田元彦氏に卒業後二十九年めにして、再び金田研究室の弟子となった経緯が記されている。

 金田元彦氏の『私の鵠沼日記』を読むと、林達夫貸本屋「湘南文庫」が設けられた場所が金田邸であった。鵠沼の土地と人々との交流が興味深く書かれている。『私の鵠沼日記』の副題が、「大佛次郎幸田文の思い出」。