関川夏央著『七つの海で泳ぎたい。』を読む。
「どうせ乗りかかった汽車じゃないか」「フランスへ行きたしとは思わず」の二篇から「どうせ乗りかかった汽車じゃないか」で、パリのオーステルリッツ駅から急行列車でボルドーのボルドー・サン・ジャン駅に到着。
その後、
《二日めの夕暮れどき、中部スペインの小駅、メディナ・デル・カンポに着いた。駅名の字義どおり、原っぱの真ん中だった。マドリード行きとリスボン行きがここで分岐する。ジャンクションという以外にはなんの意味もなさそうな駅だった。
駅前には倉庫が二棟、その向こうは波打つ麦畑の、果てしないひろがりだった。ざわわ、ざわわ、と麦畑をわたる風の音がした。はるか遠くに崩れかけた教会の鐘楼が見えた。
レオン地方の典型的な田園風景に、日本人旅行者はたじろいだ。》
《二軒めのホテルに空部屋を見つけた。》
そのホテルで同行のカメラマンと筆者の会話。
《しばし豊饒な沈黙がつづいた。
きみはヘミングウェイを読んだことがあるかね、とわたしは尋ねた。
高校のときに五ページ読みました。と彼はいった。それがどうかしましたか。
ヘミングウェイの短編に、スペインの原っぱの真ん中の駅で女と別れる話がある。遠くには白い象の背中のような丘が見える。アメリカ人の男と女が、小さな駅に降り立つ。駅舎には一軒のバールが隣接している。その入り口にはビーズのカーテンを垂らしてある。彼らはそこで乗り換えるんだ。ジャンクションに列車が着くまでの男女の会話だけでできている。(中略)
は?
モデルはさっきの駅じゃないかと思うんだ。実に感慨深い。》
《はいはい。彼は指先についた鼻毛を風に散らせた。ところで、どういう方針です? 明日は。
七時五分の普通列車でポルトガル国境まで行く。
やっぱり靴下の行商人みたいですね、おれたち。
ひとは行商人のように生きるべきなんだぜ。
わたしは彼におごそかに告げた。》
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