多田道太郎の「漬物とチーズ」

クマノミズキ

 通りの街路樹にクマノミズキの若葉が見られる。かなり大きな樹木で初夏には花が咲く。この木の近くには、桑の木も植えられている。クマノミズキは『大辞泉』を引用すると、

 ミズキ科の落葉高木。葉は対生し、卵状長楕円形で裏側は白色を帯びる。六、七月ごろに白色の小花を密集してつけ、果実は黒く熟す。

 漢字で表すと、熊野水木。
 多田道太郎の『自分学』(朝日出版社)を読み進める。谷崎潤一郎から産着(うぶぎ)を贈られたエピソードにはびっくりした。多田道太郎さんの生家が、谷崎潤一郎の住んでいた家のお隣さんだったのだ。阪急岡本の駅に近い所らしい。転居の多い谷崎だったので、そのうちのひとつがそうだったのだね。三月五日の日記に、そのことは少し書いた。
 それはさて置き、「漬物とチーズ」という章で、〈江戸へ下らない酒は「下らなかった」〉という箇所に注目した。杉浦日向子の語りを彷彿させる。

 関東ではむかしはいい酒がなかった。灘や伏見の上方の酒を江戸へ送ったのです。このように、江戸へ下った酒がいい酒なのです。下らない酒は、文字通り「くだらなかった」。「あいつはくだらない男だ」というときの「くだらない」は、下らないお酒から来ている。下らないお酒を地酒といったのです。当時は、このぐらいお酒についても関東は後進地帯だった。  109頁