桃花祭の舞楽を観る

納曽利

 夕方のフェリーで宮島へ渡る。厳島神社の桃花祭の舞楽を観に出かけた。
 参道から見える海は潮が満ちつつあった。大鳥居が海中に見える。
 神社の入り口から、暗闇の長い回廊を歩いて行く。高舞台を囲んで人垣が出来ていた。まだ舞楽は始まっていなかったので、席を探す。高舞台を囲む平舞台は観客で一杯だった。菊花祭のときより多いかな。仰向くと西の空に明るく輝く金星が見える。七時前に振鉾(えんぶ)から始まった。
 天地の神と祖先の霊に祈りを捧げ舞台を清めるという宗教的な意味を持った舞いだ。
 そのあと、萬歳楽(まんざいらく)、延喜楽(えんぎらく)と四人舞がつづく。襲(かさね)装束の色は赤色、萌黄(もえぎ)色である。
 この後、神官が桃の花を神前に献花する。
 それが終わると、首から鼓(つづみ)を吊って右手のばちで打つ一曲(いっきょく)の二人舞。
 このあとに、応神天皇の時代に百済からの帰化人須須許理(すすこり)が伝えたという蘇利古(そりこ)で、四人舞。四角な雑面(ぞうめん)をつけて舞う。
 その後は、一人舞の散手(さんじゅ)、貴徳(きとく)、蘭陵王(らんりょうおう)だ。気品のある勇壮な舞がつづく。
 散手、貴徳は面を被って、太刀を腰に下げて鉾を持って舞う。
 蘭陵王は竜頭の面を被って赤色の装束を着けて舞う。動きが速い。足の運びを観ていると、移動するのに踵(かかと)から床に着地する。この足使いは何だろう。
 最後を締めくくるのは納曽利(なそり)の二人舞。蘭陵王の答舞であるという。そうして、長慶子(ちょうげいし)の曲を聴きながら高舞台から去っていくことにした。九時を廻っていた。
 今夜の舞を観に来ているひとに、明日から三日間ある桃花祭の神能がお目当てのひとがいた。二泊三日ですと言う。欧州からの旅行者も、今夜の舞楽と明日から始まる神能が目的のひとつになっているようだ。
 帰りの参道のそばの暗闇には鹿たちが数頭づつ身を寄せ合って、寒さを防ぎながら眠っている。あちこち点々と眠る鹿の姿が眺められた。手を伸ばせば触れられるほど近くに平然と眠っているのだ。野外の安全基地。人との共生かな。